ぎをん齋藤
ぎをん齋藤

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病と闘いながら物作りをする

病の苦しさを抱えて物作りに励む自分は、よく頑張っていると思いながらも滑稽になってしまう。

たがが帯やきものを創案し作ることが、そんなに大層な話ではなく、ただ、私が今まで見たこともない美しいものが作りたいという願望を遂行しているだけのことである。

大学を卒業し稼業に就いたときは会社を自分の代で潰すわけにはいかないと決心してスタートした。

家内や社員の協力でここまでやれるとは思っていなかったが、

日本で一番有名な呉服屋になったのは間違いない。

規模で比較すると大きい会社は沢山あるが、規模の大きさは意味がない、

中身が充実しているかが勝負である。

生糸の生産から帯や着物の仕立てまで改善すべきところはまだまだあるが、

私の年齢からするとやれることは僅かである。

繭の品質管理、染料の技術改良、職人の育成保護、中古市場の確立、織物をしながら育児する託児所など工芸美術品としての「帯やきもの」を社会に定着させるに必要な改善点は数多くあるが手つかずである。

「伝統」という居心地の良い椅子と消費者の無知識の上に長くあぐらをかきつづけた呉服業界の怠慢が今日の衰退の原因だ。

ポリエステル製のアロハシャツのようなナンチャッテ着物が「和服」と呼ばれないよう次代を担う人達は頑張ってほしい。

銀座 師走のはんなり展

恒例の銀座かねまつホールでの師走展が5日〜7日まで開催された。

私は例年通り京都での留守番役だが、多くのお客様がご来場くださったことであろう。

有難うございました。

 

先日は今年の流行語大賞に「One Team」が選ばれた。

ラグビー ワールドカップでの日本チームの活躍ぶりから考えると「One Team」が選ばれたのは当然だし、私も当初から予測をしていた。

まさに「やればできる」、全日本代表チームの悲願、

ベスト8出場は日本国民全体を勇気付けてくれた快挙である。

この盛り上がりをどこまで持続できるかがポイントなのだが、異常気象による多くの被害者の発生、SNSを悪用する大人たちの犯罪の多発、児童虐待など盛り上がりに水を差す事案が多発する。

「平成」から「令和」に元号が変わり正に令和な時代にしていこうする気運に水を差す事になるのが残念である。

私の直感では今の日本は停滞しているというより毒されている。

高度成長期のような熱気を期待しているのではなく、

日本が日本らしくなくなりつつあることを嘆いているのだ。

世界的に見れば日本の立ち位置は、

中心的な国でもなくオピニオン リーダーでもない、

むしろ独自な日本人の持つ特質を守りながら、

世界に繊細さ奥ゆかしさを知らしめるべき国柄である。

しかし政治、経済は極東経済圏とは組みせず、

アメリカの顔色を伺う従属国になっっている。

その理由は核の傘下が最大の理由であるのは皆も承知しているが

政治、経済は売り渡しても文化、精神性まで失うことはない。

見損なった「三十六歌仙、佐竹本」

11月24日まで京都国立博物館で開かれていた「三十六歌仙、佐竹本」展覧会をとうとう見損なった。

体調のこともあるが昨今の美術展の宣伝振りと盛況に圧倒される気がして遠慮してしまったというのが事実である。

テレビや新聞で散々解説されていたから敢えて疲れに行くのもどうかと思った次第である。私も以前からあちこちで「三十六歌仙、佐竹本」を拝見したことがあるので今さらという感じもあった。

ただ全部で36枚しかない歌仙の内31枚が一堂に展覧されているのは壮観と言える。

「小倉百人一首」の札を使ったゲーム「坊主めくり」をご存知だろうか?

それとよく似ているのは「姫」が値打ちがあって「坊主」はカスである。

私の知るところでは「姫」歌絵は約2億円、「殿」は約1億円、「坊主」は約5000万円と聞かされたことがあるから平均1億円が31枚で31億円が展示されていると思えば大したお金だ。

お金のことはともかく美術品として最高級品には間違いない。

美術的にも「殿」の顔の書き方は表情の豊かさといい筆遣いといい鎌倉期に描かれた日本美術の原点とゆうべき優雅さと臨場感が見所だ。

しかし「ゴッホ」の「ひまわり」が一枚が60億円と比較すると「ゴッホ」は高すぎると思うが美術品のマーケットの大きさが違うのだから致し方がない。