ぎをん齋藤
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遺伝子由来産業

 

呉服業界のことを遺伝子由来産業だと思っている。

日本人女性はある年代になると突然きものが着たくなる、遺伝子によって先祖から受け継いだ、きもの生活を本能的に憧れてしまう傾向があると見ている。それに似た兆候は齋藤織物の織物塾を希望する若い女性たちと同じだ。

例え一年間無給でも織物が織りたい、機(はた)を動かしたい、と夢見て応募してくる彼女たちの気持ちと同じである。何千年もの間、自給自足生活で女性が家庭で機織りをして着物を作り続けてきた遺伝子が継承されているのだと思う。

それが証拠に間違っても男子は1人も応募してこない。だとするときもので生活をしてきた期間を平安時代から1000年とするときものを着なくなった昭和時代から現在まで約100年、差し引くとまだ900年は呉服業界は存続する計算になる(笑)。

勿論、業界が真っ当なものを真っ当な価格で提供して行けるかの問題がある。 きもの初心者が多い消費者につけ込んで儲けようとすれば、折角きものに興味を持ち始めた人達をガッカリさせ、不信感を与えて離れてしまうことになれば経済的にも文化的にも大きな損失となる。

技法として「友禅染」の偉大さ

最近「摺箔」の事ばかり考えていると、逆に「友禅染」の技法がいかに優れているか再確認する結果になった。

「友禅染」は江戸中期、18世紀の初頭に完成された染め技法とされている。その大成者が「宮崎友禅斎」とされているが確かな証拠はない。

その特徴はきもの全面にのびのびと図柄を描き「糊」を使って地色が染み込まないよう防染するという技術が肝で、これで全面に及ぶ大柄のきものが容易に作ることが可能になった。色挿しに「ぼかし染め」を使えばグラデーション表現が可能となり、一幅の掛け軸のごとく染め上げることが可能となった。

正に革命的である。それ以後はきものと言えば「友禅染」とされ、きもの業界の主役として現在もその影響下にあるといえる。

ただその「友禅染」が魅力を失いつつある。その訳は「絵」を描ける職人がいなくなったからである。「今でも魅力あるじゃないか」とおっしゃるかもしれないが、あれは「絵」ではなく直線と曲線を組み合わせた単なる「図形」でしかない。

「絵」にはデッサンという下地と写実を超えた精神性が必要だが今の「友禅染」にはそれが欠けたものが多い。

「ぎをん齋藤」では30年間私と一緒に絵を勉強してきた絵師の宮崎君がいる。若い時とは違って枯れた筆致で巧みに花鳥風月を描き分ける。次代に友禅染を継承するには彼のような良い絵描きを育てることは必須である。

29回武原展、来場御礼

 

3月14〜16日、第29回武原展へ多数のご来場を賜り心より御礼申し上げます。

天候にも恵まれ126名を越すご来場者があり、予想以上の成果を得られました。まだまだ至らぬ出来栄えで汗顔な物ばかりではありますが、精一杯の物作りは出来たつもりです。

今回、特別出品として今上天皇陛下のご退位と新元号を祝して「黄櫨染」(こうろぜん)を吉岡幸雄氏に依頼して染め上げてもらいました。先日、陛下がご退位の報告を神前にてなさった折も、桐竹鳳凰紋の黄櫨染装束をお召しになっていたのをテレビでご覧になった方も多いと思います。

この大きな時代の節目に、普段は滅多に使わない特殊な草木染めを作ってみるのも一興だと思い、ご覧頂いた次第です。さて来年はいよいよ30周年記念展示会を迎えます。実はその記念品は既に用意しています。「ぎをん齋藤」らしい上質の「あるもの?」を日頃ご贔屓をいただいているお客様にお配りしようと準備している最中です。どうぞお楽しみにお待ち下さい。「来年のことを言うと鬼が笑う」と申しますが無事30周年が迎えられますよう、心から祈る思いです。