ぎをん齋藤
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銀座薄物の会 来場御礼

5月24日〜25日 両日かねまつホールにおいて開催した薄物の会には76名の来場を賜り厚く御礼申し上げます。

会の2日目にはトランプ大統領来日の為の厳重な交通規制や千葉県東部の地震が発生など予期せぬハプニングにご迷惑とご心配をおかけした会となったが無事に終わりホッ!としている。

折しもパリでは建築界のノーベル賞とも言われるプリツカー賞に磯崎  新氏が受賞されベルサイユ宮殿にて開かれた授賞式に参加された妹島和世氏が「無双摺箔きもの」をお召しになった写真が着付師さんから送られてきた。

思った通り重ねられた二枚の色が微妙なモワレを生み出し幻想的なきものになっていたのが嬉しい。

国際的に活躍される日本人女性はココ一番という時はどうしてもきもの姿になるのは理解できる。

ただ一人で着れない人には着付けをしてくれる助っ人をどう確保するかという問題は残る。

私は帯を切って着易くすることを提唱しているが、まだ女性に抵抗感があるのは事実だ。

切ってしまうと価値が下がるという先入観が定着しているせいであろうが、海外で着付師を手配する事と比べれば切って使うという選択肢は有力だと思う。

「値切る」という習慣

先日、営業マンが出張先から帰ってきたので、早々に報告を受ける。営業出張としてはマズマズの成績だったが「値切り」に対処するのが大変だったと汗を拭きふき話すのであった。

確かに地域によっては、値切るのが当たり前だと考えている人が多い事は私も承知しているが、結果的には話をして、納得してもらえたので営業には問題はなかったらしい。 値切られるのを想定して高く値段を付けておくのは対処法の一つだが、それでは値切らずに買ったお客様に申し訳がなく、しかも付けた値札に信頼性が無い。

一般的に呉服は、問屋から仕入れて売る店舗がほとんどだから「安くするなら買う」というお客がいるからと、問屋に値引きするよう頼み込むケースはよくあると聞く。

 

しかし「ぎをん齋藤」のように職人を抱え、彼らの生活を支える為に工賃を現金で支払い、必要な当社の利益をいただく単純な利益構造には「値切る」は不似合いの交渉である。

かく申す私も古裂を買う際には「値切る」こともある。

値切る根拠は同一年代の類似品の相場を基準に交渉してみる。結果的に安くならなくても買うのだが、少しでも安くしてくれたら、何か儲けたような嬉しさは味わえる。

ただし相手を見ながら値切るので柳さんから買う時は彼の言い値を現金で支払うと決めている。そう考えてみると値切ろうとする人を最初から諦めさせる店の ブランド力を高めていくことが必要なのか?

薄物の会 銀座かねまつホール

真夏のような日が続くが、まだ5月、「五月晴れ」から連想する気候より一ヶ月以上は先取りした暑さである。

そんな天候の中で薄物の会を銀座かねまつホールで

5月24日(金)25日(土)の両日に開催する。

この会の責任者は若手社員の田中君である。

案内状の作成から集客、会場のディスプレーから会後の反省会の主催まで責任持って実行しなければならない。

少しづつ経験を積んで立派な指導者になって欲しいものである。

我々の業界は大きな曲がり角に差し掛かっていると言える。

伝統芸道全体の衰退が 叫ばれている今、きものは変身願望の手軽なアイテムとしてレンタルきものの分野で普及したが染織の技術は問われなくなった。

こんな現状にした半分の責任は我々、供給者の不透明な価格設定にあり、半分は消費者の本物志向の低下にあると感じている。

さらに中古品を簡単にネットから入手できるという環境も流れを助長する側面がある。

そんな中でも「ぎをん齋藤」は孤軍奮闘している。

それは老舗としての矜持と伝統の継承者としての責任感が我々を衝き動かすのである。