ぎをん齋藤
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無双きもの

昨年来、新たな品目として好評を得ている「新無双きもの」について話をしたい。

「無双」若しくは「紗合せ」の歴史は浅い。

先代からの言い伝えでは明治の頃、単衣物を着る6月に入って寒い日が続き紗の着物を一枚上から羽織って着たのが面白いと好評であったので流行したと聞いている。

信ぴょう性のある話ではないが伝承としては面白い。

それで「無双」は6月、9月の着物とされてきたが「ぎをん齋藤」で作る新素材、極細絹の無双は6月〜9月まで4ヶ月のきものとして提案している。

薄絹独特のモアレを通して下の模様が透けて見えるのは非常に情感豊かで涼やかな上に異なる2色が複雑な色調を醸し出す。現在は金泥で描いたものを主に製作しているが小紋の無双も面白いと思っている。

ただ安くない生地を2枚重ねるわけだから、やや高価なきものになるのは心苦しい。

無双帯も面白いと思っているが帯幅の生地を別注で作るのが可能かどうか分からない。

きものの歴史も長いように思えるが所詮ファッションである、したがって流行り廃れもあれば模様の大小、色調の変化など変幻自在に移り行く中で、ほぼ直線的に仕立てられた、きものの原形だけは1000年以上は変わらない。

 

SNSが変える世の中の仕組み

 

言論の自由を保証する法律は以下のように規定されている。

憲法 第二十一条

集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

これがSNSで自由に何でも言える根拠である。一昔前、マスコミやイデオロギー結社などが自論を広く世間にアピールする自由を奪われないようにすることを目的としている。

現代のようにインターネットを通じて一個人が好き勝手に物が言えることは想定されていなかった。このツールを悪用して、他人を誹謗中傷すれば相手から名誉毀損など別の法律で裁かれるから問題ないようにみえるが、「言ったもの勝ち」主義は変わらない。

問題は偽ニュースの流布である。1人の無責任な人間の偽ニュースを信じ込んだ人によって起こされる事案である。以前はニュースの真偽を確かめるチェック機能が作用していたから偽ニュースが拡散するのを防げた。しかしネット空間は言いたい放題、リアルな世界とヴァーチャルな世界が混然としたカオスな世界が繰り広げられている現状にイライラする。

こんな事でいいのだろうか?しかし一旦進んだ時代の流れは元には戻せない。まして会社を経営していこうとすると嫌でもこのSNS社会に付いていかざるを得ない。私などはもう沢山である。今思えば、あのオモチャのような電子計算機(コンピューター)がこんなに世の中の仕組みを変えるとは予想もしていなかった。

 

2020年は革新の年?

いよいよ国民が待望する「東京オリンピック」の年、新元号「令和」2年目、新しい年、新しい時代の幕開けに相応しいビッグイベントが開かれる。オリンピック、パラリンピック開催はまさにその祝砲のようでもある。

「ぎをん齋藤」にも新しい時代の幕が上がりそうだ。

私は2020年7月末をもって代表取締役を退任し会長職に就任する事を決心した。満47歳で先代から社長職を拝命し、25年間 7代目店主として「ぎをん齋藤」を引っ張ってきたが、そろそろ後進に道を譲る時期に来たと思う。

振り返るとこの間、様々な選択と決断をしてきた。特にリーマンショック後、日本を襲ったデフレには手も足も出なかった記憶が強烈である。ただひたすらデフレの波が通り過ぎるのを体を小さくして待つ事しか出来なかった。

日本の近未来も「ぎをん齋藤」の行く末も明るい要素も多いが、暗い側面もある。こんな状況は今に限ったことではないが、政治も経営も舵取りする人間の力量次第である。先を見据え、現在の状況を分析し、足元を確認しながら慎重に前へ進んでいくしかない。