ぎをん齋藤
ぎをん齋藤

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秋の京都展を控えて

今月19日から開催の京都展示会の来客予定者の数が少ない。

このコロナ騒ぎで着物どころではないとおっしゃる方も多いだろうし、着ていく場所がないと、しょげている女性も多いだろう。

お茶会も狭い茶室で濃茶を廻し飲みをすれば、まさに「三密」状態だから感染予防の観点から控えるのも、よくわかる。

しかしワクチンの話題もしばしば報道されるようになってきたから、人類がコロナウイルスを克服するのは時間の問題だと思っている。

さらに特効薬でも開発されたらコロナ以前の平穏な社会が戻ってくるに違いない。

ただ欧州では待ちきれない人達がマスクもしないで集まっているらしく新規感染者が増えているとも報じられ心配である。

日本だけが収まっても海外での感染が収束しなければ海外旅行は不可能でコロナ以前には戻らない。

考えてみると「令和」になって、いい事は一つもない、待ち望まれていたオリンピックも延期もしくは中止や大雨、台風などの天災、昔なら飢饉や天災が続くと「改元」されたが、現在の日本の法律ではそれは出来ない。

言葉通りの令和な時代になるよう願うしかない。

というわけで今月の京都展は三密になりそうもないのでお時間のある方は是非、ご予約の上でお立ち寄りください。

巻紙

今のメール全盛の時代に巻紙に筆でしたためた手紙をくださる人が二人いる。

一人は私の茶友であり息子が一年間雲水(寺で住み込みで修行する人)をさせて頂いた大徳寺530世、泉田玉堂老師である。

もう何十年も奈良の大宇陀にある松源院で一人で暮しておられる。

老師は拙著「布の道標」の序文をお願いしたりとお世話になっているので、

時々良い裂が手に入ると袈裟を作ってお送りすると丁寧だが奔放な筆跡の巻紙を頂戴する。

昔ながらの「候文」で読み下すのも難しい。

 

もう一人はもう30年くらい前から特別な白生地を織ってもらっている「志賀松和子」さん。

信州大学の工学部を卒業されているのに、どういうわけか機織りの道に入られた異色の女性である。

現在進行中の屏風を染めるのは志賀松さんの生地でなくては上手くいかない。

男性よりも力のある生地を繭から座繰りで糸を引き手機で織って砧で叩くという最も原始的な生地の作り方をお願いしている。

志賀松さんの字体は流石に女性らしい柔らかい現代文だからすぐに読めるのだが、ゴミ箱に捨てるのが気が引ける。

私も日本人として斯くあるべしとは思うがどうしても便利なメールで事を済ませてしまう。

コロナ禍での第71回秋の京都展

今月19日より26日までぎをんの店で第71回の展示会を開催する。

勿論コロナの感染を予防した設営を行うわけだが出来る限りの感染予防対策をもって開催する予定である。

京都での展示会は期間が長いので、そう混み合うこともなく「三密」を避けられるのが利点である。

70年展示会をして来て、その間には台風、大雨、大不況などの経験はあるが、感染症で中止を考慮する事など初めてである。

初回は昭和24年、日本がようやく敗戦の廃墟から立ち直り始めたので父親が展示会を決断したと聞いている。

私は満1歳だから、勿論記憶になく、多分展示された商品の隙間に寝かされていたのだろうと想像する。

どういうお客が来場されたかも想像だが、ぎをんの花街の女性が多かったと思う。

当時は舞妓だけでも100人、芸妓衆は数えられないと言う有様だから需要は多かったに違いない。

当時の日本の印象は「芸者、富士山(ふじやま)」と揶揄ていたので日本に駐屯する米兵などが花街の良いお客様だったに違いない。

しかも一般の女性も洋服より着物姿が多かったので展示会は盛況だったと聞いている。

兎に角、現下の状況は異例中の異例、早く平常な生活に戻れることを祈っている。