ぎをん齋藤
ぎをん齋藤

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コロナ以外の事を話したい。

こんな状況下でも「ぎをん齋藤」はオンライン面接で若い人を募集している。

同じ志を持つ人間が集まって会社という城を守っていくというのが私が持つ会社のイメージである。

「ぎをん齋藤」の場合は他では見られない美しい着物を作って日本中、いや世界中に紹介する会社というイメージで私は仕事をしてきた。

すでに社長の座から降りて若い人に任せたのだから、彼らに任せておけば良いのだが、人事のことになると気なる。

その訳は私が若い頃は人を集めたいと若い人材をさがしたが、

ブランド力が無かったので、上手く有能な人を集めることが出来なかった悔しさを忘れられないからだ。

 

最近の日常を冷静に見てみると

日本経済新聞を毎日読んでいると現在の日本経済は業種別に大きな業績の差が明確になっている。

航空会社を代表とする観光関連会社は驚くような赤字決算、かとおもえばオンライン ワークを展開するIT関連の会社は過去最高利益を上げる。

日本でこんな状態だから欧米でも同じような結果になっていると思われる。

「ぎをん齋藤」でも確実に売り上げは落ちているが社員はみんな工夫してオンラインで販売出来るよう画像の精度高めるために

照明装置を新しくして魅力的な着物と帯を撮影している。

この対応を工夫することが重要なのだ。

私のような歳になると出来のいいものは黙っていても売れると落ち着き払っているが、それは自慢にはならない。

若い人は柔軟に事に対応するのが頭と身体のトレーニングになり、次に起こるであろう惨事に慌てないで済むのだ。

私はいつぞやのブログで「「まさか」という「坂」が人生にはあるよ。」と書いたばかりだ。

人生一寸先は闇だ、何が起こるか分からない。

普段、当たり前のように日常を過ごしているが、地球を輪切りにすれば中心は火焔地獄、マグマが煮えたぎっている星だ。

そして数千万年前に大きな隕石が衝突して巻き上がった塵が太陽光を遮った為に氷河期を迎え、陸上に住む殆どの生き物は絶滅した。

この事実がもう二度起こらないという確証はどこにも無い。

実は我々人類は「砂上の楼閣」に住む哀れな生き物なのである。

だから我々は一日一日を大切に味わいながら生きていくのが最善なのだと気付く。

鞍馬山へ行く

京都もコロナが増えてきたので街に出掛けるのも不安なので、家内の運転で正月休みを利用して鞍馬山へ行くことにした。

京都市左京区は範囲がとても広い、住まいの下鴨も左京区なら鞍馬山も同じ左京区であるが車で行っても50分くらいはかかってしまう。

鞍馬山は夏の「火祭り」で有名だが何故か子供頃に父親に連れられて月参りをしていた事を思い出す。

私はオモチャを買ってもらえるのが楽しみでついて行ったことも記憶に残る。

鞍馬山は8世紀には、山岳修験の場として開かれた地だから結構登りがキツイ。

標高800mほどの山だが山門の脇からケーブルカーが設置されているので、それに乗って行けば楽々頂上へと運んでくれる。

かつて「源義経」が幼少の頃「牛若丸」としてこの地で修行した話は有名で「武蔵坊弁慶」との出会った場所でもある。

秋は紅葉の名所、鞍馬山行きのバスが出ているが春は遅咲きの桜としても知られ「更級日記」にも鞍馬山の春秋の姿が描写されている。

また鞍馬山には「天狗」が住むと言われ、それを題材に「鞍馬天狗」が活躍する。

東映の映画が盛んな頃に映画化され「嵐勘十郎」の主演で大ヒットしたこともあり話題に事欠かない。

八瀬から鞍馬街道に入ると、もうそこは雪景色、あまりの変わりように驚かされる。

10年ほど前だろうか「鞍馬温泉」という露天風呂が出来、雪景色を眺めながら温かい温泉に浸るのも一興である。

京福電車が出町柳駅から出ているので途中の景色を楽しみながら出掛けるのをおすすめしたい。