遼代裂 臙脂地 月下鹿金欄 10世紀~11世紀(中国)

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中国東北部にあった契丹人の国「遼」の織物である。



10世紀~11世紀の日本は平安時代にあたるが、後の応仁の乱や度重なる京都の火災により当時の染織品は灰燼に帰し、まったくといえるほど資料が無く、やむなく研究者は当時の中国の染織品から日本の染織品を類推することとなった。



その一例がこの裂で、数年前中国で発掘され市場に出たものを入手したものである。文様は雲間にのぞく月明かりの下、足を折りたたずむ鹿を宝珠型に取り込んだもので遊牧民であった彼らの日常風景を描いたとみられる。



唐時代にみられる格調高い宝珠型が用いられ、興福寺金襴とも類似している。織り込まれている金箔のベースに羊の腸を用いている。



本来は紙がベースであるが紙より羊の腸のほうが入手しやすかったのであろうか、漢文化と契丹文化との融合ともみえる。


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