七宝に雪持ち柳裾縫箔裂
今月から桃山時代~慶長時代(江戸初期)辻が花とともに日本の染織史において燦然と輝く「縫箔」(ぬいはく)のコレクションを紹介してまいります。

七宝雪持ち柳肩裾縫箔裂 桃山時代

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「肩縫」とは言葉通り、肩と裾に模様が描かれ胴の中は無地のままという形式の小袖をさす。武家の中でも上層階級に使用され、刺繍で縫いつくされることが多い。本品の柳が描かれている部分には金箔が張りつめられ制作当初はいかに絢爛豪華な衣装であったか想像できる。

四季草花貝賊肩裾縫い小袖裂 桃山時代

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参考の写真参考資料はお市方(織田信長の妹)の肖像画で肩裾を身に付けている。打掛けの袖を通さずに腰に巻いた姿で、上層階級ほど数枚の小袖を重ね着するのが正装とされていた打掛けは、後の時代には「腰巻」とも呼ばれ夏の正装に使用された。本品も「渡し縫」で隙間なく刺繍され、生地には金箔が張りつめられ中間ほどで前身と後身に分かれる肩山の位置にあたる。

蝶に貝(金春裂)熨斗目小袖裂 室町時代

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辻が花に使用されている練緯の生地を無地と絣で先染めにし段織にした男性用の小袖。室町時代に熨斗目様式が確立されたとされる。本品につづく裂は東京国立博物館に収蔵されている。

現在は金箔が剥落しているが当時のきらびやかさを想像するに難しくない。特に墨で描かれた蝶や貝の筆力は技術と胆力において特筆すべき秀作である。
金春禅竹が所持とされ足利義政公より拝領が由来。

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萌黄地波頭図 小袖裂 桃山時代末

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この時代あたりから中国(明)裂の地紋入り綸子が使われ始める。
全盛期に比べると絞りの量もかなり減り「辻が花」とは呼びづらいものへと変遷していく。これ以降は絞り染の中心は一目づつ絹糸で絞る「鹿の子」へと移っていく。

いつの時代でも豪華で手の込んだ上層階級用のものと、少し技術が劣り粗雑な印象を与える普及品とに分かれるのは当然のことか。


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