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2016年/02/29

利休時代の茶道は武士のたしなみであり富裕商人の楽しみであった。

まだ女性が茶道を楽しむことは無かったようだが、江戸時代の長い平和の時代と共に徐々に女性が茶道に親しむ時代がやってきた。

明治から大正時代はまだ数寄者(茶道愛好家)といえば財閥階級の企業家が金に糸目をつけず名物(有名な茶道具)を蒐集する一時代に留まり、女性が主役になったのは昭和の高度成長期以降のことで、今日では女性のたしなみ、教養の一環として茶道が愛されるようになった。

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その風潮に乗って茶道が最も大切にする「季節感」を取り入れたきものが多く出回るようになり業界も大いに潤った。

また「一座建立」や「和敬静寂」の言葉に表される茶席に於ける連客同士の一体感、ひとりが目立つことを嫌う精神から、しっとりと落ち着いたきものが流行になって現在に至る。
私も長く家元稽古したせいか、きものは大人しい清楚なものを良しとする傾向がある。

時は移り昨今は「稽古」の持つ型苦しさを敬遠し易きに流れる風潮が蔓延しているかのように見える。「正座」は脚に負担をかけるが故に奨励されず立礼(椅子に座った茶会)に移行する傾向があると聞く。

しかし茶道の楽しみは3~4人が庵の小間で戴く「濃茶」一服に尽きる。

作法に則った所作が独特の緊張感と優れた茶道具との相乗効果で醸し出される幽玄の世界に遊ぶ。この極意を楽しむことのできる人は極稀になっていきそうだ。



 

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2016年/02/22

ミャンマーの蓮糸で織った帯地に刺繍を施した名古屋帯がついに完成し来月の東京展に出品できる事になった。

模様は「天寿国繍帳」写しの「兎」図を当時と同じく「鎖繍」で仕上げた日本で唯一本の帯である。
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生地は絹より軽く麻よりしなやか、まるで感触は自然の植物に触れたような生々しい手触りが最大の特徴である。

他の繊維では得られない特殊な風合いと幻の生地として長く抱いてきた憧れの実現が私の創作意欲を掻き立てた。

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「天寿国繍帳」は日本最古の刺繍布で聖徳太子を偲んで橘大郎女妃が手ずからも制作したと伝えられる国宝裂である。

その生地が「蓮」であったことから幻の生地として染色家の研究の的になってきたが手間暇の大変さと蓮の確保などの理由で布になった例は日本にはないと聞いている。

この一本は私とっても正に記念すべき帯となった。興味のある方はぜひ六本木の会場にお運びください。



 

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2016年/02/15
 

この言葉を最初に使ったのは1991年、今から25年前、月刊誌「ミセス」に連載を始めた時のことであった。

その当時も「御所解屋 齋藤」の名前は少しは知られていたが、私はそれに飽きたらず現代的なきものを作りたいとの思いで雑誌の仕事を引き受けた。

最初一年はモデルに「大地真央」さんをお願いし、2年目からは何人かの女優さんにご登場頂いたが結局「鈴木京香」さんには3年連載にお付き合いいただいた。

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  『ミセス』'93年1月号より        撮影:川田 正昭

毎月のきものと帯を作るのだが延べ5年に及ぶとモチーフに行き詰まり、駄作を作る事に忸怩たる思いがあり終了になった。

しかしその頃からモダニズムなきもの制作を目指し、今だに「ソワレ」と称して同じような物にチャレンジし続ける自分の姿に愕然としてしまう。

御所解様式の確立された美しさに抵抗するかのごとく新しい「草花模様」を作り出したいとの想いを今だに抱き続けているのは滑稽でもある。

西洋ではアールデコ様式が余りにも個性的で創造的であったが故にポストモダンを目指したデザイナー達は今だに産みの苦しを続けているのも事実である。

確立されたものを忠実に次世代に引き継ぐのも大切だが、それに対抗する新しい美を創造するのも大切な仕事であると確信する。


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2016年/02/09

もし人生に円熟期があるとすれば私の物作りは円熟期を迎えた様に自覚する。本格的にきものや帯を作り始めて約35年、ようやく手慣れたと実感する。

白生地の特徴を読み取り柄と色と染色方法を組み合わせて、しかも魅力ある価格で店頭に出す。この一連の作業が私の仕事であり趣味でもある。

参考として蒐めた古裂類の利用の仕方も以前は文様のいいところを切り取って切り付け(アップリケ)として利用してきたが無地の部分も草木染でしか出ない色合いを生かして切り付けとして利用するようになった、つまり無駄なく古裂を利用して単なるボロっきれを再び主役に蘇らせるのである。

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ただ残念な事に古い織物の再利用は難しい。

古い織物は生縦(きだて)といって縦糸のセリシンが付着したまま織ることが多く、たんぱく質であるセリシンは年月と共に硬化し糸が折れてしまう。この点では100%の再利用は実現していないが今後の課題といえる。

近世以後のきものの図柄はその9割は「草花」模様である。日本の四季折々の草花を図柄としてきものに写し残したいと願った先人たちの気持ちはよくわかる。

表現方法は絞りであったり刺繍であったり友禅であったりと様々だが、今私が円熟の境地で試みているのは「顔料」主体とした現代の草花柄である。

積み重ねられてきた伝統の技術を生かした、古典ではない新しい草花が「きものソワレ」である。古典の代表格「御所解」を作り続ける一方、現代の草花を作るのが「ぎをん齋藤」のスタンスである。


 

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2016年/01/30

ぎをん齋藤には「こだわり」と流儀がある。きものの本流を歩むと決めた以上、この点には厳として譲らないつもりである。

まず「襟は白襟」大正時代に流行した色襟や縫い襟は舞妓の以外は使用しない。
襟は字の通り「矜持」であり「凛」としていなければならない。足袋も又然り。

きものと帯は同じモチーフは使わない。「屋上に屋上を重ねず」の通り、互いに引き立てあう柄を選ぶべし。





 

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