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2016年/01/25

最近、大阪のある弁護士会の記念誌に「ぎをん齋藤」を取材したいとの申し込みがあった。

テーマは「老舗」を維持する秘訣とのこと、思いもかけない所からの依頼に驚いたが、長男が法曹界に身を置いている関係での依頼とわかり無碍に断るのも如何なものか取材に応じた。

さすがにレポーターも若い女性弁護士さんだけあって我家の170年の歴史を隅から隅までミッチリ聞き取り調査して帰られたが、その間2時間、終わった時、私の方はスッカリお疲れさん状態である。

しかし、よくもマーッ同じ業種を7代、170年間維持してきたものだと我ながら奇蹟のように思える。

創業時は江戸末期、まだ洋服などというものを着ている人はいない時代にきもの業界は世間からどの様に見られていたのか?逆に現代の様にきもの姿をほとんど見かけなくなった時代のきもの業界、まるでコインが表から裏に返った様変わりした時代、今だにきもの業界に身を置いているのが「ぎをん齋藤」なのである。
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本来は時代と共に変化していくのが自然だが京都人はそう思わない人が多いのか「暖簾」を大切に守り続ける事に執着する。

それがいけないことかといえば、そうではないと思う。その頑固さこそが文化であり京都という文化都市を形成してこれたのだから。

さらに深く考えると京都人が目指すものは「美の深化」と「技術の伝承」であり、これが稀有な街として世界の観光客を惹きつける原動力になっている。


 

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2016年/01/19

「訪問着」のように紋を付けた型苦しいものではなく付下げのような普段着ではない新しいコンセプトきもののネーミングを、以前から「社交着」「よそいき」など頭を捻ってみたが結局「きものソワレ」に落ち着きそうである。

時代と共にきものを着用するシーンは変化してきた。式服が必要だった時代は「留袖」類が主流であったし、茶道人口が増えた時代には「茶席のきもの」など素晴らしいネーミングがあったことを憶えている。

きもの自体の原型は変えず集う場所、人の顔ぶれによってきもののテイストも変わってしかるべきである。

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国際化が進む現代、外国人も交えた楽しい一時を楽しむ環境には相応しいコンセプトのきものや帯を創り出す必要がある。「カンパネッラ」が出来上がったのが一層創作意欲を高めたのも事実だが、私が創るのだから私の中のものを「さらけ出す」しかなく私の中にないものは創れない。

DSC_0259.jpgのサムネール画像

だから従来の「ぎをん齋藤」のきものとなんら変わりは無いが、お客様と社員に「こういうコンセプトで私は創るんだ」と理解してもらいたいというのが一つの理由で、作品の管理区分けをしたいという必要性もある。

ただひっくるめて「着物、帯です」ではピンとこない、「振袖」です、「染帯」ですとアイテムを明確にすることも営業上の必要な手段である。


 

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2015年/12/17

いかなる動物も食べて排泄して子孫を残す、これは本能の成せる技で人間もまた然り。
しかし人間も単なる動物で終わってっしまって良いのか?

他の動物と確実に違うのは人類は自ら考え、次の世代へ引き継ぐものを作り出せる種として創り出された。すべて地球上生物の進化の果てに最新型として登場したと記憶している。

故に人類は生命の神秘や宇宙誕生の謎を解明し得る生物であり、文明を用いて地域に合った文化を醸成させ次世代に繋げていく責任を負った生物である。

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自然科学の分野では最近ノーベル賞の受賞者に日本人が多いのは素晴らしい限りで彼らの業績は人間の人間たる能力を如何なく発揮されたことに対する世界の賞賛の声である。

また人文科学の分野でも多くの日本人建築家がブリツカー賞(建築界のノーベル賞)を授与されたのも同じ賞賛の声である。

最近読んだ著書に「独創とは修練の積み重ねが行きついたもの」という一節に遭遇した、幾度も修練を重ね、行き着く先に独創があるという(資質も大きい要素だと思うが)。

その創作物が世間で直ぐに受け入れられるかどうかは別の話である。それでも道を専一に追い求める執念が必要なのではないか。

「人間として生きるとは?」と大きな風呂敷を広げてしまった挙句に私の 創作話になってしまったが先述の著書にも「人生は苦悩の連続」との一節を思い出した。



 

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2015年/12/15

私と息子と二人で温めてきたプランがある。

我が社で製織した布とイタリアのバッグ作りの技を融合して誰も見たことの無い宝石のようなバッグを完成させ国内だけではなく欧米のファッションシーンに切って入るというプランである。

その記念すべき第1作「カンパネッラ」が完成した。「カンパネッラ」とは「鐘」というイタリア語で「平和の鐘」「勝利の鐘」を連想させ、しかも語感が気に入ったので新会社名「カンパネッラ」株式会社として建ち上げ新社屋を作り船出させるつもりである。
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 CAMPANELLA   "マーブル"  ¥378,000

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 CAMPANELLA  "ホースヘアー" ¥378,000

勿論息子が得意とするイタリア語で開拓してきた事業だから私は一切実務には口を出さないつもりだ。ただバッグ生地と帯の制作の調整を図るのが私の務めである。

西陣織は何百年も帯の製造が主体で古い体質を後生大事にしてきた産業である、「伝統」という冠を大切にし過ぎて時代から取り残されたのも事実である。

しかし手織りの錦織は世界のどこにも無い素晴らしい技術と感性がある。その宝石のような布とイタリアの技を融合させれば世界の女性は必ず認めてくれると信じている。

奇しくも京都とフィレンツェは古くから姉妹都市で街の景観も人の気質も似通った職人街である。このコラボレーションは永年私が抱いてきた夢であり必ず西陣織が見直される時が来ると信じている。

 

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2015年/11/24
蓮のことが気になり始めたのはもう15年くらい前のことであろうか、なんとか手に入れたいと稲葉佳恵さんにも相談したこともあったが、なかなか実物を目にすることもできないまま先般のミャンマー現地視察に及んだ経緯がある。

その後ミャンマーとはあの手この手で連絡を取ろうとしたが先方からはナシのつぶて、困り果てていた時に第3のルートから耳寄りな話が飛び込んだ。

11月16日にミャンマーから蓮布と糸を京都に持ち帰るから見せてくれるというものだ。実物が届いたのは17日、私は帯1本分を買い取る旨を業者に伝えた。

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細い蓮糸で織られた帯地(約5m)が2本を見た瞬間、素晴らしいと感嘆した。

その独特の風合いは麻のシャリ感ではない肌に密着しそうなしなやかさ、絹のような光沢は無く野趣な生成り色はミャンマーでの初対面の物より上質だと直感した。

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但し値段がバカげている。尋常とは思われないその値段について、一昔前「天蚕」という名で売られていた日本の野蚕生地を思い出したが蓮はそれさえ上回るもので、ミャンマー政府の意向が反映したものだと推理する。

実際に蓮糸の制作工程を現地で見て、苧麻糸と比べてもそれ程時間のかかるものでは無いことは明らかだ。

しかし長年の夢であった蓮を値段のことで手放す選択肢は私には無い。むしろ一層創作意欲を掻き立てられ、あすからじっくり構想を練ってぎをん齋藤の作品として販売するつもりである。


 

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