english
    
2017年/06/22
 

6月18日、細見美術館に於いて「布の道標」展覧会、オープニングレセプションが開かれた。

私は相変わらず声が不調でスピーチは心配だったが、会の趣旨からして、私が一言挨拶しないわけにはいかないと意を決して御礼を述べた。

IMG_7320.JPG

当日は快晴に恵まれ、招待客100名ばかりの前で5分ほどのスピーチを行なった。

その内容は私がコレクションを始めた動機や近所に裂を扱う古美術商が偶然、多いことなど歴史的に新門前通りは古裂が集まる特殊な因縁などを紹介した。

私のスピーチに続き乾杯に入り、ご発声は冷泉家 現当主 冷泉為人氏がされた。いかにも古都京都らしい人選と納得をする。

作品展示は裂がむき出しのものが多く、裂の表情が生々しく迫力が増したように見える。

^BE77E9A584AC891C37523F3B10869954F3D16AFF5027223F1D^pimgpsh_fullsize_distr.jpg

学芸員から裂の展覧会は珍しく、来客の顔ぶれがいつもと違うと聞かされ、裂を土地柄のせいか、好きな人が多くオープンしてまだ数日だが出足は好調とも報告を受けた。



※ご質問・お問い合わせはコチラをクリック

For questions or inquires, please click here.

.

..

...

 
    
2017年/06/15

いよいよ17日から細見美術館に於ける展観が間近に迫った。

IMG_7271.JPG

考えるに古裂蒐集家の数は非常に少ない。あの人気鑑定番組にも古裂が登場したのは、私の知る限り二度だけのことである。一度目は中国清朝の「龍袍」、皇帝の衣装である。二度目はサラサが数点の二回のみである。

その理由を推測すると衣裳は完全な形で残っているのは江戸中期以降のものが殆どで、それ以前のものは裂になった状態が多く、額にでも入っていなければゴミと間違えられてしまう。

一般に古美術蒐集家は男性が多く、きものや裂に興味を持たないのが普通である。一方、女性は全般的に古い物にお金を使う程の興味は無さそうである。

加えて昨今、呉服業界の不振が続き私のように趣味と実益を兼ね備えた蒐集家が減少しているのも染織品の相場を下げる原因となっている。

今回のイベントで染織品の素晴らしさが認識され、鑑賞美術品として再評価されるきっかけになれば幸いである。

そういえば祖父の時代、同じ新門前通に「野村正治郎」というコレクターが「誰が袖屏風」を考案し、多くの古裂を工芸作品にまで仕立て上げた。どうも新門前通りは古裂が集まる因縁がありそうだ。



※ご質問・お問い合わせはコチラをクリック

For questions or inquires, please click here.

.

..

...

    
2017年/06/13

久しぶりに美しい裂を手に入れた。「苺手」と呼ばれる江戸初期に渡来した古渡サラサである。

生地は当然、木綿だが質が別格に良い。絹かと思うほどのしなやかさはインドのコロマンデル辺りに日本から注文したと思われる。

IMG_0174.JPG

サラサでも日本に輸出された木綿は東南アジアやインド国内向けに作られたものと比べると細い木綿と打ち込みのしっかりしたものが使用されている。デリケートな違いを大切にする日本人らしい注文と言える。

本品は茶道の袱紗に仕立てられ千家十職「土田友湖」の箱書が添えられている。藍地に深紅で染められた紋様は丁寧な仕事が施され、以前に見たどの苺手よりも精緻さが際立っている。

黒楽茶碗をこの袱紗に包んで濃茶一服いただけば色の組み合わせを想像しただけで素晴らしい美の世界が現出する。



※ご質問・お問い合わせはコチラをクリック

For questions or inquires, please click here.

.

..

...

    
2017年/06/09

過日「夏のはんなり展」の反省会を開き担当の田中君より報告を受ける。

二日間の開催で来客の状況が気掛かりだったが80名以上と予想通りのご来場に御礼を申し上げる。

私は相変わらず留守番役で直接お客様にお目にかかれないのが寂しいが、今は療養が最優先と判断し、皆様にはお許しを頂きたい。

IMG_7260.JPG

今回のご売約内容を見るとやはり良いものから売れている。お客様は皆さんお目が高いと感服した次第。

自分で言うのもおかしな話だが出来の良いもの、悪いものがある。作るもの全てが秀作とはいかないのが事実だが、売れるものはどうしてか出来の良いものが多い。

東京での展示会も12月、3月、5月と回数が増えたので常に目新しいものを作るのは中々大変だが追われるから作れるとも言える。

製作工程に日数がかかるので出来上がるまで完成イメージを頭に置きながら進めていく作業は健康でなければ不可能だ。

入退院を繰り返してきた私には今の健康こそ何物にも変えがたい喜びである。



※ご質問・お問い合わせはコチラをクリック

For questions or inquires, please click here.

.

..

...

    
2017年/06/06

物作りの要諦がこの歳になって少し分かりかけてきた。

若い頃は物が見えず「いいもの」か「悪いもの」かの区別がつかず、不安を抱きながら手探りでものを作ってきたと記憶する。例えば職人の技量が計れず、工賃が適切かどうかの判断ができないまま指示してきたような気がする。

結局、売れたものが「いいもの」で売れなかったものが「悪いもの」だという変な結論がでてしまった。それでも物作りを止めずに現在までどうにか継続してこれたのは幸運であったとしか思えない。
IMG_7255.JPG
ようやくこの数年、自分が「これだ」と思ったものに徹して作っていく姿勢が人の共感を呼び起こすもとになっていると気付くようになった。

つまり「徹すれば通ず」なのである。逆に特定の人に気に入られようとして作ると魅力を失うことになる。

昨今の風潮で消費者のニーズに応じて価格設定をして物作りをすることが大切だと声高に叫ばれ、その結果、似たよう物が似たような価格で販売され総じて個性的で魅力のあるものが少なくなった。私など巷で売られているもので、どうしても欲しいと思うものが少ないのは寂しい。

昨今の情報過多時代に販売力だけで生きていくのは難しく、自己の主張をはっきりさせて、物作りをし、しかも徹することが大切なことであろう。



※ご質問・お問い合わせはコチラをクリック

For questions or inquires, please click here.

.

..

 

...