ぎをん齋藤
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齊藤康二

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京都東山の祇園一角に店を構えて170年余り、
呉服の専門店として自社で制作した独自の
染物・織物をこの弊店で販売しています。
ぎをん齋藤の日常からこだわりの”もの作り”まで、
弊社の魅力を余すことなくお伝えしていきます。
皆様からのお問い合わせ、ご質問などお待ちしております。
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ぎをん齋藤 齊藤康二
TEL:075-561-1207
(Mail) gion.saitokoji0517@gmail.com

失われる尊いもの

1947年のパレスチナ分割決議を経てユダヤのイスラエル建国宣言から戦闘は激化し、アラブ系住民は居住区を失い

ヨルダン川西岸地区やガザ地区へと追いやられた。

イスラエルの侵略と居住区の占領、過激な行動に対する不満の末、多くの犠牲者と難民を出してきたパレスチナ問題。

オスマン帝国から独立したアラブ人と、ホロコーストによるヨーロッパから差別や迫害を受けてきたユダヤ人、

人種が入り混じった植民地の対立は長い歴史と共に”かなわぬ平和への願い”として今に至る。

そしてまた今年10月にイスラム組織がイスラエルに奇襲攻撃をし、ガザ地区の中心一帯がイスラエルのミサイルに

よって破壊され、約9000人以上の住民が犠牲となりその約65%が女性や子供という悲惨な戦況となっている。

「天井のない地獄」と呼ばれていたガザ地区でなんとかその日暮らしをしていた住民が今回の”報復”でまた犠牲となり、

布でくるまれた幼い子供を抱いて走り回る大人たちや、砂埃の中から血まみれで掘り出される犠牲者の映像を見ると

何と悲惨で非情な行為を繰り返しているのだろうと、日本という平和ボケした国で暮らしている私は痛々しい

ニュースを画面越しに今起こっている事実を受け止めるしかない。

到底、彼らの長い悲惨な歴史における迫害や犠牲、宗教や人種による差別や憎しみといった事情は当事者にしか

理解できないであろう、民族の勝利のため、宗教への尊厳、また血で血を洗う戦争は何度も繰り返されるというが、

例えば200年前のような手作りの鎧を身に着け、槍や刀や鉄砲で敵味方が交え野原を走り回る戦争とは訳が違う。

近代兵器の開発は目覚ましく、化学兵器や核兵器のような国そのものを消滅できるようなものまで登場している

現代の戦争は、必ず多くの犠牲者が出る「無差別的な戦争」といっていいほど新型兵器で街を一掃するのである。

もはや虐殺行為にしか見えないのが今の戦争。

血をみるのは弱者でトップはアイロンのきいた制服を着て逃げ切るのが常套手段、こんな不条理なことが簡単に

起こってしまう世の中、バカな話になるが国のトップ同士が数名トーナメントでやり合うという案はどうだろうか。

それを冷静に傍観してみたいものである。

兎にも角にも平和が一番、ガザ地区を含め世界で起こっている血には血をという戦闘行為はもはや何の意義や定義もなく、

勝ち負けのない損得だけの個人的なエゴイズム、野蛮行為でしかないと思わざるを得ない。

失われる多くの犠牲は、取り返すことのできない何よりも価値のある美しいものだといつになれば気がつくのだろうか。

 

 

 

 

 

宮島での献茶会

昨日、幸運にもあるお茶会にお招きいただき、参加することができた。

舞台は広島、厳島神社で有名な宮島の山奥に西暦800年、平安・桓武天皇時代、空海によって

開山された真言宗の大本山である大聖院(だいしょういん)の「雪舟園」にて厳かに行われた。

大聖院は船着き場から右手の厳島神社を抜け、大願寺を正面に今度は左手の山道をゆっくり

登っていくと荘厳な木造建築の山門が行く者を憚るかのように待ち構えている。

また、平安建築の特徴である和様の伸びやかな山門の両脇には不動明王が阿吽の呼吸でこちらに

にらみを利かせ、思わず一礼して恭しく石段を上っていくとようやく境内が見えてくるのである。

さて、本題のお茶会、名は「譲翁茶会」。

勿論、広島なのでお家元は上田宗冏(うえだそうけい)宗匠、1560年安土桃山時代からなる上田宗箇流の武家茶道である。

お席は雪舟園にて午後2時から始まり、薄茶・展覧・点心・濃茶と茶室からお庭までしっかりと手入れの行き届いた

室礼の中、夕方までじっくりと茶の湯を満喫することができた。

また、お道具も詳しくはお伝えできないが、そのほとんどが室町から桃山にかけてのものばかり、

本来博物館、もしくは美術館でガラス越しでしか拝見することができない代物を小生には罰当りかもしれないが

間地かで拝見でき、また正客席はそのすばらしい茶碗で頂けるという、人生滅多にない得点まで付いてくる。

言葉では表現できないほど美しい、あえて言えばベージュに近い地色で、繊細で肌理の細かいふっくらした桃山茶碗に

ねっとりとした濃茶が点てられ、それを古帛紗と一緒に両手で抱えたとき、”本来無一物”とは言え

おもわず手が震えたのはその日一番の感動と緊張であった。

慶長の縫いと染織

日本の染織ルネッサンス期といえば安土桃山時代、それは豪華絢爛、まさに美の開花といっていい

大胆な柄行と金の摺箔、色鮮やかで悠然とした桃山縫いの色彩が特徴である。

しかし世が統治され落ち着いてくる頃、江戸初期になるとその煌びやかな世界はガラリと変わり、

大胆な染め分けの傍ら刺繍や摺箔はより小さく縮小し、細かな文様に変化していく。

大きな色分けの中に細密な刺繍が絶妙なバランスで構成され、桃山のような整然とした世界は消えさり、

緻密さと曲線や直線の融合、より計算された柄行の描写となって慶長の染織へと移り変わってきた。

さて、昨日もまた新しいきものが出来上がってきた。

それは生地に慶長の特徴でもある”綸子”を使い、地色は古代紫、幽玄な雲どりには摺疋田、

そこに慶長の縫い、鶴・松・笹を施している。

全容はお見せできないが、ちょこっと一部お見せしよう。