ぎをん齋藤
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田中創造

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京都・祇園の老舗呉服店『ぎをん齋藤』で、営業・制作に携わっております。古典に学び現代に活きる、オリジナルきもの・帯の創作舞台裏をお届けします。

ふたたび、東京

こんばんは!気がつけばまた東京に来ております笑

いよいよ明日から、師走の陳列会、始まります!田中は会責の上司と共に前日の会場設営を担当しました。

今回は、過去数年とは少し趣が異なる陳列になって、私なんかは良い意味での新鮮さを感じているのですが…どこが違うのか、ぜひご来場になってご確認ください(^^)

目印はこの看板!GINZA SIXお向かいの「銀座かねまつ」さんのビル前に、会期中はこの看板が皆様をお出迎えします。この赤い御所解を目がけて一直線に、お越しくださいませ。

陳列会はそれとして、店主のブログにも出ております「LINE CUBE SHIBUYA」での公演、こちらの感想などもブログにあげようと思いつつ、延び延びになってしまいました。

本物の芸に酔う、という副題の通り、このジャンルに詳しくない田中でも一気に引き込まれるような、素敵な舞台を観る事が出来ました。

そして、私の上京した理由…

これも素敵に舞台に映えておりました!主人はまだまだ満足していないようですが、その分まだまだ制作に力を発揮してくれる事でしょう。今後の展開にも乞うご期待!です。

その前に明日からの銀座陳列会、たくさんのご来場お待ちしております♪

LINE CUBE SHIBUYA

こんにちは。田中は急遽、東京に来ております。

昨日から東京入りしておりますが、新幹線を降りてすぐに感じたのが「京都より寒い…」。

少し暖かめの格好で来て良かった、と思いました。皆様くれぐれも風邪などにはお気をつけくださいね。

 

さて、今回はお商売ではなく、特殊な用事があって参りましたが、スキマ時間にお客様への納品やら、お誂えのご相談やら、させていただいております。

東京のランチと言えば、私はお蕎麦を食べたくなります。今は飲食店も全国各地から、もっと言えば世界中からやって来る人々が経営されていますから、地域色というのはその分薄まっているのかも知れませんが、京都ではおうどん、東京ではお蕎麦、というのが頭のどこかにある気がします。

さて、それはともかく、この度の上京の目的地は、一見呉服とは関係のなさそうな場所にございます。

若者の街、渋谷にリニューアルオープンした「LINE CUBE SHIBUYA」(渋谷公会堂)です。

こちらで本日の夜に上演される、三味線の人間国宝・鶴澤清治さんの公演に、主人の作った「摺箔金銀波濤図 屏風」が使われるということで、ご挨拶と後学のために伺ったのです。

この何とも光栄な機会が実現するに当たっては、本公演の構成・演出・美術を一手に担っていらっしゃる現代アート作家「杉本博司」さんの存在があまりに大きいという事は、店主のブログをご覧の皆さまには既にご承知のことかと思いますので割愛させていただきますが、本当に有難いご縁です。

狭い店の中では巨大に感じた屏風も、広い舞台(いわゆるオケピ部分まで広げているので余計に広いです)の上では構成要素の一つとしてすっぽりと収まり、その前で演奏される三味線、太夫さんと、また演目の内容(大蛇退治の段)と見事に調和していると思います。

 

今回は皆さまに宣伝する余裕がありませんでしたが、実は来年の4月に京都で再び杉本博司・齋藤貞一郎のコラボレーションが実現する予定になっております!特に京都・関西圏のお客様には是非お越しいただきたく、詳細は決まり次第お知らせして参りますので、乞うご期待!です。

という訳で今日は主人・女将も京都から渋谷に駆け付けることになっております。私も今から楽しみです。

正倉院展を観る

先日の三十六歌仙に引き続き、9日(土)には仕事帰りに足を延ばして正倉院展へ。

着物や帯の柄でも、いわゆる「正倉院柄」というものは多いのですが、それらは正倉院宝物に由来するもので、8世紀半ばに作られたものが中心となっている訳です。

すなわち中国では盛唐~中唐の時代に重なる訳ですが、当時は中国が膨張と安定のピークから下り坂に差し掛かった頃で、日本でもまずは先進的な中国の文物を積極的に吸収しよう!という動きがみられました。

それら遣唐使によって主にもたらされ、日本では「先進的な唐の文物」と一括りにされていたものたちは、当然ながらシルクロードを辿って遥か西アジアからインド、チベットなどの様々な地域の品々が混淆されていたのです。

 

そんな訳でいま私たちが目にする「正倉院宝物」は、日本の奈良時代の遺産、でありながら同時代のアジア文化の遺物、と位置づけることもできます。

何が言いたいかと言って、とにかく見るもの見るものが「大陸的」だと感じました。味付けが濃い、と表現すればよいのか、誰もが一目で「すごい!」と感心するようなアピール力のあるものが多いです。

今回は、前日に平安~鎌倉期の、完全に国風化され切った歌仙絵を見ていたので、余計にその差が明瞭に感じられたように思いました。数百年の間に、構図の取り方や色の表現、金や銀の使い方など、これほどまでに美意識が根っこから変革されたのか、と。

そんなことを考えながら博物館を後にしました。秋の月が夜空に高く輝いていました。