ぎをん齋藤
ぎをん齋藤

ブログ

「お金」について

このブログは「Money」のことで「Gold」の話ではない。

先日読んだ、ベストセラー本では「お金」も「宗教」もフィクションであり、みんながそれを信じているから、人間同士が集団を作ることができるようになったと著者は言う。

宗教がフィクションか、そうでないかと問われたらフィクションではないと信じているが、お金に関しては著者と全く同意見である。私の知る限り、日本では、つい20世紀までお札は「Gold」と交換できた、いわゆる「金本位制」であった。しかし、現在世界中のお札は「Gold」と交換できない。「Gold」が欲しければ金市場で相場の価格で買うしかない。つまりお札は単に発行した国家がその価値を保証するだけのことだからフィクションである。

それが証拠に、つい最近インドで500ルピー札が廃止になり、決められた期限までに銀行に持ち込まないと使えないと国が公表した。不正蓄財やワイロをあぶり出そうとの狙いである。

小話に「一万円札は寂しがり屋」で大勢集まっているところに飛んで行きたがる、だからお金持ちのところに集まりがちで1、2枚しか一万円札を持たない人はすぐに飛んでいってしまうという。つまり貧富の格差はどんどん広がる比喩である。だから「お金持ちになりたかったら、まず沢山一万円札を持たなければならい。」というのが「落ち」である。

私の考えは「生きているうちお金を使って楽しめばいいのではないか主義」である。念願のものを手に入れた喜びはあの世では感じることはできないだろうと思うから。