ぎをん齋藤
ぎをん齋藤

ブログ

男は自分が生きた証を残したいと願う生き物

このブログは前作の続編であり、男は社会との繋がりの中で自分の生きた証を残したい、私がアーティストを志望するが如く、そう言う願いを持つ生き物だという話である。

この手の願望を抱く人種は現役時代をなんとかギリギリで生きてきた人よりも、もう少し余裕のあった人に多いのではないか。

現役時代を都会の大きな組織の中で苦労して、ようやく無事卒業すると自由な時間はあるが、毎日に張り合いがないと感じる人が多い。

いや、ハッピー リタイアメントを謳歌しているも大勢いることも承知しているが、最期に「これは俺が作ったんだ。!」と大きな声で言えるものが欲しくなるのではないかと推察する。

ある人は田舎に転居して自作の野菜でカフェを始めたり、陶芸にのめり込んだりと自分の作った物を人に見てもらいたいと自己主張へと走る人を結構見かける。

私の場合は大きな組織と戦ったのではなく、「老舗の看板」と「親類縁者」とずーっと戦ってきた歴史がある。

それが一区切り出来そうになった還暦の頃、本当に自分が作りたかったのは何だろうと考えた末に、運良く「摺箔」と巡り合った。

それに杉本博司氏が共鳴してアートであると認定し、自らの美術館の永久保存作品としてくれた。

この達人からの認定というのが大切で、これがなければ単なる「独り善がり」になる。認定を得られれば、堂々と「ぎをん齋藤、齋藤貞一郎」の「作品」として販売していけるお墨付きを得たのだから家業の推進と一石二鳥である。

これは誠にラッキーな事である。実力かな?と自惚れてみるが、いや、やはり私は単に強運の持ち主だけ?である。