ぎをん齋藤
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訪問着は死語に?

 

今月、雑誌の取材を受けることになっている。テーマは御所解について「ぎをん齋藤」の意見が聞きたいとの事、1843年から7代にわたって御所解を作り続け、「御所解屋」を自称する私には取材を断わる理由は何も無い。

その編集者曰く、訪問着という表記をしないで「軽い付け下げ」、「重い付け下げ」に変えたという。

そもそも訪問着と付け下げの区別を知らない人が多いせいかもしれない。「ぎをん齋藤」では家紋を入れるべき格式のきものを訪問着として他の付け下げきものとは区別してきたが、昨今の風潮では茶席以外で家紋を要求されるシーンは少ないと想像する。

そうなると「ぎをん齋藤」でも名称変更を考える必要があるのか?つまり時代が変わったのである。会食や観劇に紋付は仰々しすぎるので訪問着の出番が減ってしまうという訳である。

私のように時代に乗り遅れないよう注意している人間でも消費者のニーズを的確に把握できていない、「やはり歳かなぁー」とため息が出る。

以上のことを勘案すれば「御所解」は「重い付け下げ」に属するわけで出番が少ないのかなと心配されるかもしれないが、模様のつけ方で御所解の味わいを残しながら「軽い付け下げ」に仕上げることも十分可能である。時代に合った「御所解」を作るのが「ぎをん齋藤」の歴史の重さであり作り手の腕である。