店主ブログ

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2018年がスタート

明けましておめでとう御座います。

 

 

思い起こせば1999年には「全てのコンピューターが999の連続でシャットダウンする?」のニュースや「ノストラダムスの予言」により地球が破滅するという噂がまことしやかに喧伝されたが、あれからもう西暦21世紀も19年過ぎた。

 

若い人達には「へー、そう」と聞き流されそうだが、当時は結構マジに受け取った大人達が多くいたのは事実である。まして科学文明の未発達の時代には「祟り」や「末法」が本気で恐れられていたことは想像に難くなく、未来への不安に対して、いつの世も人は無力である。

 

今、私が疑問に思っているのは科学的合理性、利便性が肉体に与える影響と寿命の関係である。科学文明の進歩により、もたらされる合理性、利便性によって肉体の鍛え方が著しく後退したのではないか?と考えている。

 

先日も明治初期に米俵(60kg)を5個背負って平然と運ぶ女性達の写真を見て驚いた。時代小説に登場する剣豪が飛び上がって敵の面を頭上から打ち砕く場面がある。あの跳躍力はフィクションだと思っていたが、最近は鍛え方で充分可能ではないかと考え始めている。

 

確かな証拠には絞り染めの技術である。あの微細な3mmほどの粒を指先の力で摘み上げて絹糸を5回巻きつける作業は今では神技としか思えない。

 

人の寿命は確かに昔の倍以上に延びた、医学の進歩による功績は疑う余地はないが、それだけ人の身体は虚弱になっているのではないか?昔の人の鍛え方は肉体のみでなく精神まで鍛えなければ生き抜けない厳しい環境ではなかったかと想像する。

 

「水は低きところに流れ」、「人は易きに流れるもの。」今では想像も出来ない肉体から忘れ去られた技術が存在していたに違いない。

 

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