ぎをん齋藤
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夏も近づく…

八十八夜は明日ですが、今年は例年に比べると暑くなるのが遅い気がしますね。お茶の生育にも影響があるのでしょうか。

太陽まで活動を自粛してしまったかのように、どうにもスカッとしない今日この頃、冬生まれの田中には珍しく「早く暖かくならんかな…」という気持ちにさせられます。

そんな時は、夏を感じさせるお着物で気分を高揚させましょう!

帯と合わせて、夏らしい涼感のある雰囲気の着物ですが、柄をよく見ていただきますと、雪輪と雪柳の付下げでございます。もちろん生地も絽目の空いた夏仕様の素材です。

柄をつけ間違えた訳ではなく、ですね、夏の着物に敢えて雪の柄を持って来て「見た目で涼感を与える」という企てが、昔から行われているのです。

この「見た目で涼感を」というところですが、例えば生地に細かい目が空いている、薄くて透け感がある、または地色が寒色系である、くらいの工夫は田中でもギリギリ考えつきそうなものの「寒い時期を連想させる柄をもって涼を得さしむる」という発想は、なかなか出て来ないんじゃないかなぁ…と感心します。

さらに言えば、こういう「遊び」が成立する背景には、そもそも着物の柄によって細かく季節の移ろいを表現するという習慣が、作り手側にも受け手側にも当然の決まり事として認識共有されている必要があります。そうでなくて、誰もが季節も何も関係なしに好きな柄の着物を着ている世界では「暑い時期に冬の柄」という挑戦に対して十分なインパクトが得られません。

下手をすれば制作者(あるいは着用者)の独り善がりになりかねません。「笑いどころを口で説明しなくちゃいけない芸」が面白くないのと同様に、自分一人だけが心の中でニヤニヤしていても、その意図が他者に理解されないのはちょっと寂しいものです。

 

着物の世界では生地・色・柄などすべての要素が季節を抜きには語られないものですが、それが「きちんと」成立するための豊かな文化的土壌を育てていくのも、我々の仕事の一つやな、と思う4月の末です。

冒頭の歌にひきつけて言えば「あかねだすきにすげのかさ」って言葉が知識としてもビジュアル的にも腑に落ちている人間でありたいと思います。