ぎをん齋藤
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齊藤康二

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京都東山の祇園一角に店を構えて170年余り、
呉服の専門店として自社で制作した独自の
染物・織物をこの弊店で販売しています。
ぎをん齋藤の日常からこだわりの”もの作り”まで、
弊社の魅力を余すことなくお伝えしていきます。
皆様からのお問い合わせ、ご質問などお待ちしております。
◆お問い合わせ
ぎをん齋藤 齊藤康二
TEL:075-561-1207
(Mail) gion.saitokoji0517@gmail.com

琳派との出会い

先般、本阿弥光悦から琳派の流れに沿って実物を数点拝見できる機会に恵まれた。

なかなかお目にかかれるものではない貴重なそれらをガラス越しではなく、

手が届くような近さで隅々まで観察できる機会に恵まれたことはとても幸運である。

桃山後期、光悦の書から宗達の水墨画、江戸中期、光琳のモダニズムな画風など

床の間に凛と掛けてあるそれらを目の当たりにするとその迫力に圧倒され

思わず息をのんでしまう。

常日頃、図録で何気なく見ていた作品だが実物に勝るものはなく、そこに表現してある

当時最先端であった筆のタッチや色彩構成、また光や環境によって自然と劣化した

何とも言えない画の風合いなどはまさに歴史であり、古美術と言われる所以がよくわかる。

一方、我々が制作する染織品もそれら古美術をモチーフに構成し色付けしていくのだが、

単純に見様見真似でやれるものではないし、できるものでもないことも痛感する。

ずいぶん前になるが私はフィレンツェで美術染織品(ルネサンス期)の修復をしていた。

そこで学んだのは、年月が経ち傷つき破損した美術品を修復していく上で

最も大切なことはその物の状態をしっかりと理解し、できるだけ元の形に戻すことにある。

言い換えればそれに携わる人間が個人の見解で修復をすすめてはいけないということで、

それはまた偉大な作者、作品に対する敬意にもつながる。

同じくぎをん齋藤のもの作りにおいても単にモチーフとして軽く扱うのではなく、

その美術品に敬意を表し、忠実に再現していくことを徹底している。

次の課題に対しても本物を観察し理解を深め、その物から得られる美を追求していきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お礼と感謝

お客様各位

3月13日、武原展示会場の片付けを終え、社員全員無事に帰社しました。

昨年と同じく世情を配慮し、期間も短縮して挑んだ会でしたが

ありがたいことに二日間大いに賑わいました。

今回も制限を設け、時間も制約されましたがたくさんの方とお会いすることができ、

そして素敵な時間を皆様と共に過ごせましたこと、また変わりなくぎをん齋藤を

ご贔屓下さること、心よりお礼を申し上げます。

(大正に使われていた齊藤の暖簾と半被)展示会にて

 

さて、その会が始まる前々日、大手町にある日経本社ビルである著名な現代美術作家

S氏と、また世界的に有名なオークション会社のY氏との特別講演会があった。

ここでその方々のお名前や講演に対して意見を図々しく語るなど畏れ多く、

またおこがましいので触れはしないが、話は古美術から歴史、現代美術、

そして美意識と価値などあらゆる分野に及びすばらしい講演であった。

日本の美術を紐解き、現代に結び付け表現し、そしてまた過去の美を遡り

古美術を蒐集していく。

なんと情熱溢れるロマンチックな人なのだろうとその時直感した。

常に美を意識し、いろいろな知識を蓄え、そしてそれらを個人の自由な表現に替えていく、

まさにアーティストでありその一連の作業とエネルギーは想像もつかない。

以前私がこの仕事に就いて間もないとき、同じ町内の全国でも有名な古美術商の

店主とある夏の地蔵盆で出会った。(S氏とも深いつながりのあるY氏)

まだ初心だった私は、どうすれば貴方のように成功するのか、ときいたことがある。

その店主は一言、それはそれを好きになることだ、と簡素な言葉で返された。

今思えば重い言葉である、寝ても覚めても三度の飯より古美術が好きで、身銭を切って

蒐集し、眺め、撫でまわし、目を肥やしてより高い美意識を磨いていく。

この講演を聴いて、その好きになることの意味がやっと少し理解できた瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嗜好

この仕事に携わっているといろいろなことに気付く。

”好み”という言葉もそのひとつで、十人十色とはよく言うが正に人それぞれ

嗜好は様々であり、色や形は当然のこと、感性なども含めると

それは無限に拡がり行きつくところがない。

さて、我々はそんな感性を売り物とし、生業としている。

”美”を追求し、先人達が極めてきたぎをん齋藤の世界をより一層広げるため、

店構えはもちろん、もの作りにおいても歴史や伝統に則り忠実に今も糸を紡いでいる。

また我々のその感性、もの作りを皆様が共鳴し、感動してもらえることは

言葉に表すことのできない究極の喜びであり、やりがいでもある。

そしてそれには必ず人との関わりがあり、美を求めることを通じて、共感や感動が

エッセンスとなってより強い絆で結びついている。

以前、あるお客様のところに誂え(琳派の訪問着)を納めにいったときのこと。

「美に対する共鳴や感動」は作り手とこちらの感性がぶつかりあった瞬間に生じる、

貴重な心の結びつきだ、とまじまじと言われた。

その時、その尊さに気が付いたのを今でも忘れない。

またずいぶん前だが、ある大徳寺の高僧が私にこういった。

商いとはものを売るのではなく、自分を売りなさい、と。

ありがたいお言葉である。