ぎをん齋藤
ぎをん齋藤

ブログ

量から質へ

たまたま老舗の呉服屋の跡取りとして育てられ、この仕事にどんな意義があるかを考え、悩み眠られぬ夜を迎えることが多かったのは30歳代のころだったように記憶している。

当時は呉服業界もやや下火とはいえまだまだ社屋をビルに建て替える問屋も多く、「ここはイッチョ大きな会社にしてやるか!」と夢見たこともあった。

当時は結婚が決まり嫁入り支度といえばきものを買い揃えるところから始める時代であった。さる御大家のお嬢様が盛大な嫁入り支度を私どもへご下命いただき、先代社長に帯同されて一通りのご注文をお聞きした後に「こんなに揃えても着ることは無いのにネー」とため息まじりに仰ったお母様の一言で「きものはこれからの時代、数は売れなくなる。」と確信した。

その時から量より質の時代になっていくと確信し、それ以降ひたすら質の向上と維持を目指して勉強を始め古裂の蒐集へと進展したのである。

今から思えば、使わないと分かっているが娘に肩身の狭い思いはさせたくないという親心から風潮、儀礼に流されて無駄なものを買ってしまう不合理さは滑稽に見える。

求人

現在、齋藤織物では工場(アトリエと呼んでいる)の責任者候補生を探している。

最も相応しいのは織物のノウハウを知る紋屋(模様を織り出すためのパンチカードを作る職業)の若手が理想的だと思っている。なぜなら紋屋と織屋が一体となって各々の技術を伝承していくのがベストだと信じているからである。

分業制で成り立ってきた染織業界は、生産数が多い時代はメリットがあったが、これほど数が減ってくると統合していかなければ立ち行かなくなってしまう。大手の銀行でも財閥の垣根を超えて統合しているのに染織業界が未だに分業制に固執しているのは遅れているとしか言いようがない。

少なくとも昭和40年代のような黄金期が再び訪れることはまず無いのは明白なのに、何人かに声をかけてみても芳しい答えは得られない。

個々の利益のみを追い続けるのではなく、社会的責任に重きを置き技術を持ち寄って伝承を考える時期に入っている。複葉式多色織を真骨頂とする西陣織を絶やさぬよう守り続けなければ、一旦途切れてしまえば再興は難しい。

六本木「武原展」盛況感謝

一昨日まで3日間の武原展が盛況であったと報告を受け、ありがたい気持ちで一杯であると同時に6年前の惨劇を思い出してしまう、多分、死ぬまで忘れられないトラウマとなるのだろうか。16000余名の尊い命を一瞬で奪い去った自然の脅威、教訓を風化させてはいけない。

さて今年の展示会は大勢の来場者を得て無事に終了致したようである。私は喉の不調で留守番役であったが、事前の物作りは、じゅうぶん満足いく仕事ができたので皆さんに喜んでいただけると確信していた。

6月の細見美術館における展観に先立って古裂を利用した、きもの・帯作りは「ぎをん齋藤」の得意とする手法で随分前から行なっているが、今回、初めて模様全体を切り付ける大作にも挑戦してみた。もし6月までに売れなかったら美術館で古裂として展示することも考えている。

振り返ってみると古裂は私の進むべき道を教えてくれ、古美術を扱う楽しさを教えてくれた、かけがえのない友人である。