ぎをん齋藤
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「風になりたい」摺箔屏風

一連の摺箔屏風の他に「風になりたい」というタイトルの屏風を制作した。

これは私の友人の奥さんであり、いっとき私の三味線の師匠でもあった女性のために制作した。

彼女は東京芸大の邦楽科を卒業したいバリバリのプロの演奏家である。

琴、三味線を多勢のお弟子さんに教えている一方、京都の「都をどり」の地方(じかた)「演奏家」として活躍をしている。

ここ7〜8年前、私も三味線を稽古したかったので渡りに船で弟子の一人に加えてもらった。

ところが直ぐに咽頭癌が見つかり、療養生活に入ったために一曲も仕上がらない内にお稽古を諦めざるを得なかった。

その後、彼女が作詞、作曲した「風になりたい」という曲あると聞いて、私のイメージする「風になりたい」を屏風にデザインして不肖の弟子を持ったお詫びに差し上げる事にした。

緑の高原を太陽の光を受けて風が吹き抜ける爽やかなイメージした作品である。気に入ってもらえるか分からないが彼女にピッタリだと自信を持っている。

日本の古典を意識しないモダンなデザインだから琴、三弦の演奏とマッチするかはわからないがこの屏風が背景となって演奏を引き立ててくれると幸いである。

ようやく観れた「杉本博司」展

新型コロナウイルスの影響で開幕が遅れていた「杉本博司」展をようやく観ることができた、しかも予約制で京都府民だけが入場させるという異例中の異例ともいえる個展になった。

私も二日前に電話予約をして三密にならぬようマスク着用という条件付きの鑑賞となった。

作品の展示は流石に垢抜けたディスプレイで現代アートの巨匠の貫禄を感じさせた。

新作カラー写真はガラスのプリズムから挿し込む天然光の色を写真にした作品らしいが、

5年ほど前に一度お邪魔した自宅兼アトリエで彼が一所懸命に試作試みていたのがようやく作品として発表できる段階になったらしい。

私も日常の仕事では染めの技法をあれこれ試す毎日で作品になるまで飽きずに色々試みている。

物作りをする人は皆同じである。

上手く成功するかは二の次で兎に角色々試みるのが好きなのである。

要は好きなことだけをやっているのである。

今度のコロナ騒ぎは世界中の人を困らせた大悪魔である。

杉本さんも期待していた初めての京都個展がこんな形で中途半端に終わってしまうのはきっと悔しく思っているだろう、

「ぎをん齋藤」だって4月、5月は開店休業だったから大赤字だがここはジッと我慢して高楊枝といきたいものだ。

「陰陽五行説」とは?

この思想に基づいて考えることで、森羅万象、つまり宇宙に存在するすべてのものを説明できるとされ、具体的には自然や人間の生活を形成する日・月・年や季節、方位など、すべてを説明し、儒教や医学、天文学などの学問や音楽など、中国文化の根幹を支える理論として重要なものであった。

日本でも飛鳥時代には「陰陽寮」を設け、官僚として「陰陽師」(おんみょうじ)をおき、陰陽寮は神道の祭祀や神事に影響を与えた。やがて災害や怪異な現象を「ものの祟り」だとする平安貴族の神秘主義的傾向が日本独自の「陰陽道」を生み出したのである。

この同名の映画がヒットして「野村万作」が一躍人気俳優になった事はご存知であろう。

この日、月、火、水、木、金、土を摺箔のモチーフにしようと思ったのは想起したというより導かれたという方が実感である。

摺箔の屏風を試みるに当たって、今まで挑戦したことのない抽象的で壮大なモチーフで作ってみたいと思った。

今の時点でアイデアが纏まらないのは「火」の表現である。

紅蓮の炎は密教における「護摩」を連想させ不動明王に祈りを捧げ、人間の煩悩を断ち切るという祈りである。

護摩の炎を摺箔で表現できれば迫力のある屏風になりそうだが。。