ぎをん齋藤
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29回武原展、来場御礼

 

3月14〜16日、第29回武原展へ多数のご来場を賜り心より御礼申し上げます。

天候にも恵まれ126名を越すご来場者があり、予想以上の成果を得られました。まだまだ至らぬ出来栄えで汗顔な物ばかりではありますが、精一杯の物作りは出来たつもりです。

今回、特別出品として今上天皇陛下のご退位と新元号を祝して「黄櫨染」(こうろぜん)を吉岡幸雄氏に依頼して染め上げてもらいました。先日、陛下がご退位の報告を神前にてなさった折も、桐竹鳳凰紋の黄櫨染装束をお召しになっていたのをテレビでご覧になった方も多いと思います。

この大きな時代の節目に、普段は滅多に使わない特殊な草木染めを作ってみるのも一興だと思い、ご覧頂いた次第です。さて来年はいよいよ30周年記念展示会を迎えます。実はその記念品は既に用意しています。「ぎをん齋藤」らしい上質の「あるもの?」を日頃ご贔屓をいただいているお客様にお配りしようと準備している最中です。どうぞお楽しみにお待ち下さい。「来年のことを言うと鬼が笑う」と申しますが無事30周年が迎えられますよう、心から祈る思いです。

学ぶなら江戸時代以前の裂に学べ

 

「玉石混交」という言葉がある。良いものと悪いものがごちゃ混ぜになっている状態をいう。

染織品も江戸中期を過ぎると、現存する遺例も急激に多くなるので研究をするには好都合であるが、半面、玉石混交の中から「玉」を選び出す眼が必要となり、「石」を見習うと悪趣味なものになってしまう。その点で江戸時代以前の裂は、身分の高い人が身に付けていた衣装であるから「玉」の裂ばかりである。

その訳は、絹自体が大変高価なもので砂金と等価とされていたくらいだから、権力のある人にしか手に入らないという理由と、当時、同朋衆と呼ばれる眼の肥えた人達が選んだものに袖を通すのだから「石」の類はないと言える。

この辺りは私の推測で、研究者の人には笑われるかもしれないが、私の目からすると江戸時代以前の遺例には「外れ」はないと言うのが正直なところである。しかし残念なことは、それ以前、平安、鎌倉、室町時代の700年間も美しい布が全く遺されていない事実である。江戸時代が始まる17世紀から現在の21世紀まで500年、それ上回る時代の遺例が殆ど無いのだから手も足も出せない口惜しさがズシッと重い。

何とかしてあげたい若い職人さん

昨年後半、探している腕の良い職人とは別に、2人の壮年職人が仕事の依頼に「ぎをん齋藤」を訪ねてきた。かねがね、将来を見込める職人は必要だから探すよう社員にも申し付けてあるから、大いに期待して話をし、試しに仕事も出してみた。

彼らに共通する類似点は、数多くの染め工程を自分一人でできると言う点であった。

各工程一つ極めるにも年月がかかるのが普通だが、彼らは器用にやれると言う。しかし残念ながらどれも不十分な完成度で「ぎをん齋藤」の仕事には不適格と判断せざるを得なかった。彼らにはもう一つ共通点があり、歳は40歳を過ぎ、妻子があるのである。

もっと若い、例えば20代の人なら当社の社員として教育していくのは可能だろうが、家族持ちでは私の責任が重すぎる。困った! どうしてあげれば彼らがこの染色業界に留まれるか? このような現象が起こる可能性は予期していた。

今でもいわゆる「作家物」と称して高い付加価値を取ろうとしている業者が横行しているらしい。業者にしてみれば器用な職人を「先生」とおだてて、売れなければ使い捨てにしている噂を聴いたことがある。業者にしてみれば、この着物不況の時代、売上を増やそうと懸命である。また、若い職人はいっぱしの染色作家と言われたい。この二つの思惑が作家ブームを起こしたのだが消費者は賢明である。良いものと悪いものの区別は見ていれば分かるようになる。

こんな例えもある、「文化の進んだ地域でよく売れるものを文化の遅れた地域へ持っていっても良く売れる。」だがその逆は真ならずと。残念ながら、今のところ若い職人を守る手立ては立っていない。