ぎをん齋藤
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「摺箔老松屏風」完成

土曜日からの秋の展示会に合わせて「摺箔老松屏風」がようやく仕上がってきた。

玄関にドンと広げて皆さんをお出迎えする設えが出来上がった。

価格も決めた金700万円、高いか安いか人によって受け取り方は違うと思うが、自分では妥当な価格だと思っている。

現在のコロナ禍でこそ不老長寿を祝う老松が相応しいテーマではないだろうか。

能舞台には「鏡板」と呼ばれる老松が描かれているが、あれは「春日神社」の松が池に映った松の姿だと言われ画法は違っていてもテーマは老松である。

「薪能」という名で薪を燃やして夜に幽玄の世界を味わう舞台があるが、あれは能の発祥が奈良県の「薪」という地名から出たもので能にしても「狂言」しても奈良とは切り離せない。

確か「観阿弥」も「世阿弥」も奈良の人だと言われている。

一方、摺箔の進展は苦労している。

「七曜」と決めたからには、何としても完成させたいが「火」が難しい。現在「金」の「龍」に取り掛かっているが迫力と躍動感が表現できるか気掛かりである。今にも龍が出てきそうな黒い雲のぼかしは上々の出来栄えだから、多分いけるだろうと楽観しているが。病気でもこの大作に取り組んでいると辛さを忘れ、黙々と生き長らえるのがありがたい。

秋の京都展を控えて

今月19日から開催の京都展示会の来客予定者の数が少ない。

このコロナ騒ぎで着物どころではないとおっしゃる方も多いだろうし、着ていく場所がないと、しょげている女性も多いだろう。

お茶会も狭い茶室で濃茶を廻し飲みをすれば、まさに「三密」状態だから感染予防の観点から控えるのも、よくわかる。

しかしワクチンの話題もしばしば報道されるようになってきたから、人類がコロナウイルスを克服するのは時間の問題だと思っている。

さらに特効薬でも開発されたらコロナ以前の平穏な社会が戻ってくるに違いない。

ただ欧州では待ちきれない人達がマスクもしないで集まっているらしく新規感染者が増えているとも報じられ心配である。

日本だけが収まっても海外での感染が収束しなければ海外旅行は不可能でコロナ以前には戻らない。

考えてみると「令和」になって、いい事は一つもない、待ち望まれていたオリンピックも延期もしくは中止や大雨、台風などの天災、昔なら飢饉や天災が続くと「改元」されたが、現在の日本の法律ではそれは出来ない。

言葉通りの令和な時代になるよう願うしかない。

というわけで今月の京都展は三密になりそうもないのでお時間のある方は是非、ご予約の上でお立ち寄りください。

巻紙

今のメール全盛の時代に巻紙に筆でしたためた手紙をくださる人が二人いる。

一人は私の茶友であり息子が一年間雲水(寺で住み込みで修行する人)をさせて頂いた大徳寺530世、泉田玉堂老師である。

もう何十年も奈良の大宇陀にある松源院で一人で暮しておられる。

老師は拙著「布の道標」の序文をお願いしたりとお世話になっているので、

時々良い裂が手に入ると袈裟を作ってお送りすると丁寧だが奔放な筆跡の巻紙を頂戴する。

昔ながらの「候文」で読み下すのも難しい。

 

もう一人はもう30年くらい前から特別な白生地を織ってもらっている「志賀松和子」さん。

信州大学の工学部を卒業されているのに、どういうわけか機織りの道に入られた異色の女性である。

現在進行中の屏風を染めるのは志賀松さんの生地でなくては上手くいかない。

男性よりも力のある生地を繭から座繰りで糸を引き手機で織って砧で叩くという最も原始的な生地の作り方をお願いしている。

志賀松さんの字体は流石に女性らしい柔らかい現代文だからすぐに読めるのだが、ゴミ箱に捨てるのが気が引ける。

私も日本人として斯くあるべしとは思うがどうしても便利なメールで事を済ませてしまう。