ぎをん齋藤
ぎをん齋藤

女将思い出語り

5月の謳い発表会

連休明けに、今年もI年に一度の謳い発表会があります。一緒にお稽古されてる方々は、其れに、その日までに、稽古の集中に日々 精進されてます。

私の演目は、2度目となりますが、10年ほど以前に発表した、「百萬」をする事になりました。

前回と大きく変わるのは、ワキ(能の主役を「シテ」、その相手役を「ワキ」と言います)を人間国宝の宝生欣也氏が、お引き受け頂きました。

とても、嬉しくまた、緊張します。

 

「百萬」は、私の大好きな物語で、ただ1人の我が子と逸れてしまい、死に物狂いで、探し廻る母性を表現したストーリーです。

能の世界では、我が子を狂人のように探し廻る時に、笹の葉が、小道具として添えられるので、

今回私は、笹の着物に、季節は春だから、桜の袋帯を、身につけて舞台に立つつもりです。

さてさて、出来栄えは如何なものか、、、

「至福のとき」

今の私の「至福のとき」は何事も無く無事に 1日を終えてベッドにはいり、2時間程 本を読み耽る時間です。

読む本のジャンルは広く 日本の時代物 哲学 政治 独裁者物や、中国物(特に女帝物)などが好きです。

その中でも、数学的に解釈する松本清張の話、自然描写に引き込まれる藤沢周平、人の心の本音を抉り出し王道を主張する葉室麟、社会性を壊しても「真の愛」に焦点を置く立原正秋、窮屈な時代の中に於いても軽妙に正義を主張した池波正太郎、等は、読破しましたが、それらを読み終えて感じる事は、現在の私を囲む周りは、戦後の総学歴社会が作り出した個性を欠如した今を生きる私達日本人でした。その穴埋めの答えがみつかるか判らないけれども、、

今夜から戦前戦後に活躍したフィクサーストーリーを読もうと思います。

 

「至福のとき」の始まり!始まり!

久々の新春の文楽鑑賞

介護に続き看護などと、もう、かれこれ10年は過ってしまうと思うけど、身軽になった事を幸いに久しぶりに、大阪国立文楽劇場に友人と、拝見に行きました。

文楽もコロナ禍を乗り越えて、運営困難な時期もあっただろうけど、

劇場内は、相変わらずのお囃子に乗って、我々観客を、出迎えてくれた事は、誠に新春らしい雰囲気でした。

私が、文楽から遠のいている間に、人形足使い、太夫さん達が、大きく世代交代があったようで、初めて観る方々の顔ぶれと、お声でしたが、三味線は、私のご贔屓の藤蔵さんの、相変わらずのエネルギッシュな音色で、堪能して帰路につきました。

帰りの道々で、将来の文楽はどうなるんだろう、、、と少し不安にはなりましたが、次世代に伝達してゆくのは、我々世代が、その楽しさを、教授して行くのも、1つかな、、、と微力ながら痛感しました。

皆様 伝統芸能は、少し入り難いかもしれませんが、まず一歩をお願いします。文化人になれば、人生の幅が広がると思います。