ぎをん齋藤
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【王朝祭祀の装い】展

週末、近所の「源鳳院」(山科伯爵邸)に行ってきました!

宮中祭祀に深く関わり、十二単の着付けなどを行う「衣紋道」山科流を継承されるお家柄でもあるため、その有職としての独自の視点や情報を一般にお伝えになる活動を盛んにされていらっしゃいます。

今回は「王朝祭祀の装い」と銘打たれた展示会に伺ったのですが、お目当ては「小忌衣(おみごろも)」と「五節舞装束」です!

ご興味の無い方には「なんじゃそら」というお話ですが、いずれも宮中祭祀、とりわけ天皇の代替わりに伴う大嘗祭などに深く関わる衣装でして、今回は大正四年に執り行われた「五節舞」の衣装、その実物が展示されるとの事で、これはまたとないチャンス!と思い駆け付けました。

源鳳院さんは、田中の住まいから徒歩10分~15分ほどのところにあり、ご近所なのですが、実はこれが初訪問です。きっかけを与えてくれたのは、日頃「ぎをん齋藤」でお世話になっている職人さんでした。

普段は摺疋田のお仕事をお願いしている職人Kさんなのですが(過去の大城ブログにもご紹介しています♪)、お仕事熱心で、且つ探求心が強く、気になる事はトコトン突き詰めるタイプのお人柄からか、時代考証や再現性が高い次元で求められる、古代衣装の復元などのお仕事がちょくちょく入って来るそうで、今回は上に掲載の「小忌衣」の復元を手掛けられた、という訳です。

実は復元作業は2年ほど前に完了し、その時に田中も完成品を拝見しているのですが、再度拝見して「おや?」と気になった事がございました。

 

「…柄が見えない(色が薄い…)?」

完成当初はもっと柄のグリーン(山藍の葉の汁を染料として利用)が色濃く出ていたように思ったのですが…。

 

ちょうど職人さんご本人が、直後に予定されていた特別講演の為に現地にいらっしゃっていたので、運よくお話を聞く事が出来ました!
(Kさん、お忙しいところ掴まえてしまい申し訳ありませんでしたm(__)m)

曰く、山藍の葉の汁は褪色が著しく(染料としては耐光堅牢度が低い、という事になりましょうか)、グリーンの青味が飛んでしまった結果、薄い黄土のような色だけが残り、柄が見えにくくなってしまっているんだとか。

また、山藍の葉ではなく、根を天日乾燥(紫外線に晒)し、すり潰して染料化し、かつ銅媒染を行うと堅牢度が高くなる…など、その後に判明した事も多々あるそうですが、古文献にそこまで詳細な資料が遺されておらず、現存する「小忌衣」も江戸時代まで継承されていたとされる技法とは異なり、近代的な素材を利用して作られているそうで、「お手本」の無い手探り状態の中から何とか復元にこぎつけたとの事で、以前工房に伺った際にこういうお仕事の難しさを教えていただいた記憶が甦りました。

会場には他にも古い装束や絵巻など、貴重な資料が多数展示されておりまして、現代にも粛々と受け継がれる王朝文化の典雅を垣間見ることが出来たように思います。

大正四年当時の「五節舞姫」のお写真も展示されておりました!床の市松模様が大正っぽいモダンな印象ですが、連綿と続く時の流れを感じさせてくれます。

 

余談ですが、能楽の詞章の中にも「五節舞」という言葉は頻繁に現れるのですが、お謡いのルールとして「ごせちのまい」とは読まず、「ごせ「ん」の~」と謡うことになっていますので、漢字を見ても「ごせんのまい」と脳内変換してしまうのは、能楽あるあるなのでしょうか(笑)

他にも「小忌衣(おみごろも)」「節会(せちえ)」「東遊(あずまあそび)」など、謡本の中で本当に良く目にする言葉が頻出する展示でしたので、田中的にはとても楽しい時間でした♪

改めて「羽衣」や「吉野天人」あたりの謡本を開いてみようと思います(^^)/