ぎをん齋藤
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齊藤康二

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京都東山の祇園一角に店を構えて170年余り、
呉服の専門店として自社で制作した独自の
染物・織物をこの弊店で販売しています。
ぎをん齋藤の日常からこだわりの”もの作り”まで、
弊社の魅力を余すことなくお伝えしていきます。
皆様からのお問い合わせ、ご質問などお待ちしております。
◆お問い合わせ
ぎをん齋藤 齊藤康二
TEL:075-561-1207
(Mail) gion.saitokoji0517@gmail.com

美しき色、いにしへの裂

まだ記憶にある人も多いと思うが、以前2017年6月から8月の終わりまで、京都岡崎にある細見美術館にて

故齊藤貞一郎が蒐集した「古裂」の展覧会を約2か月の間行った。

当時本人の真意は、ブログにもあるように大変光栄なことだが、古裂の展覧会となると集客の反応も含め、

諸々心配事があると綴っており、またその目的は一生かけて蒐集した古裂を思い切って世間にさらし、

その染色の素晴らしさや技術の高さを肌で感じてもらい、それらを作り出した日本人の持つ美意識を再認識して

いただけたら幸いである、とも言っていた。

そして今年の7月、同じ細見美術館からのオファーで美しき色、いにしへの裂「ぎをん齋藤」と「染司よしおか」

の挑戦というタイトルでまた展覧することとなった、5年ぶりのことである。

今回の展覧会は、江戸時代より代々続く京都の染織家業を継ぎ、それぞれのスタイルで美を追求してきた二人の

美しい色彩や素材への「こだわり」、そして伝統技術の継承と、様々な思いを作品やコレクションと共にクローズアップして

お届けするという内容である。

そのお二人、生まれも育ちも京都のど真ん中、齊藤貞一郎は昭和23年、吉岡さんは昭和21年、ともに戦後の

高度経済成長期に生まれ、家業の染織という枠にとらわれず競争社会を勝ち抜いてきた共通点も面白いところである。

ぜひこの美しき色、いにしへの裂を観に行っていただきたい。

京都細見美術館 2022年7月2日(土)~8月28(日)

 

 

貴重な職人文化

この春からぎをん齋藤はようやくすべての催事を再開し、またエンジンに火を入れ直して再スタートである。

そのためもの作りに関しても各職方へ染め出す点数を少しづつ増やし、平時の状態に戻していかなければならない、

なぜならこのコロナ禍で職方も大きな損害を受け、存続さえ危うい職人も出てきているのが現状だからである。

また何より大きな問題は、職人の伝統技術は本人以外即戦力として代わりが効かない、そして後継者の育成にも相当の時間と

費用がかかり、志す人材も減少しているという実態がこの数十年の間に浮き彫りとなってきた。

とりわけ我々がお付き合いさせていただいている職人は専門分野にとどまらず、あらゆる分野で才能を発揮され

そのセンスと技術は唯一無二、繊細な仕事は彼らにしかできないほど貴重な存在なのである。

ここ数年、彼らに骨のある仕事を出せなかったことはしっかりと反省しなければならないと思っている。

御年65歳、金彩を専門とする傍らあらゆる材料を使いこなし芸術的な仕事をする

彼もエリート集団(職人)の一人、美術をこよなく愛し、20代の頃は一日9時間

毎日デッサンをしていた。

この摺箔の中の細かい描き絵にも注目していだたきたい、すばらしい仕事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辻が花に挑む

この6月から私はまた秋冬のもの作りに励んでいる。

今、特に力を入れているのが染物の花形、”辻が花”。

といってもその文様は多種多様、単純な絞りの染め分けから格子模様、また草花を精密に細かく

絞り分け、侘びを出すため描き絵を施したものなど、文化と時代に沿ってその伝統技能は発展し継承されてきたが、

江戸中期になると技法はますます細分化され、合理性を求めるようになりついには姿を消すことになる。

絞りは遡ること奈良時代、”纐纈”(こうけち)と呼ばれるごく単純な絞りから始まる。

それから中世に入り、室町末期に草花を絞り染によって表現したものが登場し、桃山の初期から

江戸の中期になると、絞りに刺繍や摺箔、描き絵(虫喰い)などを加えてより贅沢なものとなり、

当時上層を占める武家の生活の中で欠かせない装飾品として広く活用されていた。

その辻が花、実は名の由来は定かでない。

これまで、これが”辻が花”であると記録が添えられた実物遺品は一点もなく、

厳密にいえば正確な答えが見つかっていない。

明治か大正の頃、その魅力を見出した数奇者によって命名された、言わば造語であるといわれている。

また一説には室町初期、当時最先端の流行りものが一番に出まわる都、京都の地名辻が端(花)から

その名称が生まれたという噂もあるが、これもどうもこじ付けのように聞こえる。

如何にあれ、辻が花(つじがはな)という美しい響きはその絵画的な魅力にぴったりである。

話を戻すと絞りより刺繍や友禅の方がよっぽど高い技術が必要と思われるかもしれないがそうではない、

一番大きな違いは刺繍や友禅の色調は加工途中でも調整できるが、絞りはいったん桶に入ると

解いて伸ばしてからでないと出来栄えがまったく分からず、また手直しもできない。

いわば出来不出来は一発勝負、その人の知識と経験、そして感性が問われる代物なのである。

これからじっくりと構想を練り、辻が花本来の美を引き出せるよう感性を磨き体得していく。