ぎをん齋藤
ぎをん齋藤

女将思い出語り

「至福のとき」

今の私の「至福のとき」は何事も無く無事に 1日を終えてベッドにはいり、2時間程 本を読み耽る時間です。

読む本のジャンルは広く 日本の時代物 哲学 政治 独裁者物や、中国物(特に女帝物)などが好きです。

その中でも、数学的に解釈する松本清張の話、自然描写に引き込まれる藤沢周平、人の心の本音を抉り出し王道を主張する葉室麟、社会性を壊しても「真の愛」に焦点を置く立原正秋、窮屈な時代の中に於いても軽妙に正義を主張した池波正太郎、等は、読破しましたが、それらを読み終えて感じる事は、現在の私を囲む周りは、戦後の総学歴社会が作り出した個性を欠如した今を生きる私達日本人でした。その穴埋めの答えがみつかるか判らないけれども、、

今夜から戦前戦後に活躍したフィクサーストーリーを読もうと思います。

 

「至福のとき」の始まり!始まり!

久々の新春の文楽鑑賞

介護に続き看護などと、もう、かれこれ10年は過ってしまうと思うけど、身軽になった事を幸いに久しぶりに、大阪国立文楽劇場に友人と、拝見に行きました。

文楽もコロナ禍を乗り越えて、運営困難な時期もあっただろうけど、

劇場内は、相変わらずのお囃子に乗って、我々観客を、出迎えてくれた事は、誠に新春らしい雰囲気でした。

私が、文楽から遠のいている間に、人形足使い、太夫さん達が、大きく世代交代があったようで、初めて観る方々の顔ぶれと、お声でしたが、三味線は、私のご贔屓の藤蔵さんの、相変わらずのエネルギッシュな音色で、堪能して帰路につきました。

帰りの道々で、将来の文楽はどうなるんだろう、、、と少し不安にはなりましたが、次世代に伝達してゆくのは、我々世代が、その楽しさを、教授して行くのも、1つかな、、、と微力ながら痛感しました。

皆様 伝統芸能は、少し入り難いかもしれませんが、まず一歩をお願いします。文化人になれば、人生の幅が広がると思います。

光陰矢の如し

秋の季節を感じないまま、師走を迎えて改めて一年の日々が速く過ぎた事を痛感します。

今年は新年より、コロナが明けて自由に行動範囲が広がり、ここ京都でも、観光客で賑わいました。

やはり、賑わいは心弾む心境で、人間同士が、お互いに心を通わす事が実に大切だと思います。

そんな中、思い返せば、コロナ禍で家族を亡くした私自身も含めて、同時期に亡くなった中村吉右衞門丈の3回忌が過日行われ、コロナが明けての、3年ぶりに関係者一同が揃って其々の悲しみ、喪失感等を共有する事により重かった心情を分かち合う事が出来て 心が軽くなったと感じます。

お互い人間同士、心を通わすことの大切さだと思います

コロナ禍で規制された3年間 また、この一年間が、光陰矢の如しでございました。 感謝!