店主ブログ

店主のこだわり

単衣、夏物異変

そろそろ単衣、夏物の制作が本番の季節になった。最近の傾向からして6月、9月は単衣、7月、8月は夏物として厳密に区別するのは現実的ではなくなったと考えている。

 

 

6月から9月までの単衣夏シーズンを共用できる素材で提案する方が喜ばれるようになった。きものの「決まり事」は時代とともに変化して当然で、何が何でも守らなければならないと言うほどのことはない。伝統的衣装としての格調を満たしていれば「決まり事」に固執する必要はない。

 

「きものは世に連れ、世はきものに連れ」である。私のように半世紀もこの仕事をしている人間は意識はしていないが観念が固定化されてしまっているところがある。

 

きものはファッション産業であり、常に現代性を持ち合わせていなければダメだと思う。兎角「伝統」や「習慣」が必要以上に重視され、あたかもそれから外れると間違いのように言われるのは行き過ぎだと思う。今年は新しい「無双」にチャレンジしてみるつもりである。

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春本番

全国的に例年より早い春の訪れに鴨川の桜も一気に開花、いよいよ春本番となった。

「ぎをん齋藤」も4月1日から1週間「春の京都展」に入った。

 

東京武原展の整理が済んだ途端に、また展示会と慌ただしい日が続くが、私の体調も一歩一歩、完治に向け進んでいるので明るい気分で会に臨める。

暖かくなって特に目につくのはレンタル着物の影響で、着物姿の女性の数が増えたことだ。

保守本流を標榜する「ぎをん齋藤」はいくら儲かると聞いてもレンタルの仕事には手を染めない。あくまで本物のものづくりを目指して、やれる所までやってみる決意で事を進めている。

 

 

従って、売値が800万円を超える超工芸品や古裂を生地に切り付け2枚として同じ物が作れない物まで作る現在だが、それも妥協せず「贅を尽くす」に徹して日本文化のエスプリをお客様と共感したいとの思いからである。

 

最近知り合ったばかりの職人の中にも素晴らしい技術を持った人達がいる。その技術を生かして私なりの表現を完成させる日がくれば、 もう思い残すことは何も無い。

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有望な若手料理人S君が開店

以前、彼が修行していた料理店を卒業して、いよいよ自分の店を始める事になった。

彼の料理のセンスには私も一目置いている。人当たりの良さもあって人気が集まる原因となっているので3月20日に新規開店した「S」には外暖簾と内暖簾の2枚を祝いとして進呈した。

 

ぎをん界隈には料理店が乱立気味で予約が半年待ちになっているなど尋常ではない状態だと聞くが「S君」が目指すのは、ふらっと気楽に入れる手軽な店らしい。私も、その意見には大賛成である。日本料理が世界文化遺産に選ばれて以来和食グルメブームは止まることを知らない。

 

 

しかしいつまでも同じような状況が続くとは考えられない、ブームが去った後に残れる店になって欲しいと願っている。その条件は昔から言われるように「雰囲気が良くて美味しく、値打ちがあって主人の人柄が良い」、これしかない。

 

「ブームは必ず飽きられる。」これは全て事業に当てはまる大鉄則である。その成功の秘訣全てが彼には備わっていると感じているので応援しているのである。ぜひ頑張って欲しものだ。

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武原展のお礼

昨日京都へ帰り着いたが、私も家内も疲労と風邪とで完全にグロッキー状態、やはり歳はとりたくないとつくづく実感した次第である。

 

三日間、多くの方と会場でお話しすることができたが私がホテルに引き上げた後にお会いしたい方が来場されたり、歌手の「石川さゆり」さんが初めて来られたりと行き違いも多く残念な思いをしたが、会場の雰囲気や何人かのお客様と親しくお話をして有意義な時間を持てたことは生きている幸せを感じるひと時となった。

 

 

来場者はほぼ予想通りの150名で今の営業スタッフではあれが限界だろう。折角楽しみに来場されても担当者とゆっくり話ができないようではお客様に申し訳がない。

新人の女性スタッフはすべてが初めてで右往左往するのが精一杯で今頃は疲れ果てているのではないだろうか(笑)。

 

28年間続けている武原展は毎年、私の歴史の1ページとして可能な限り出席したいと願っている。お忙しい中、ご来場頂いた皆様に厚くお礼を申し上げます。

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隠れた古裂コレクター

先日ある古裂を専門に扱う美術商と話をしていた中で親子三代に渡って古裂を蒐集し、しかも誰にも見せずに密かに楽しんでいる人が京都に居ると聞かされた。

 

さすが京都、千年の都だけのことはある、誰も見たこともない古裂を蒐めては飾り、それを眺めながら美味しい酒を飲むとは、なんと風流な人がいるものだと、つくづく感激したしだいである。

 

 

茶道具を集めている人を大勢知っている。あの収集は殆ど茶道を嗜む人で、蒐めた道具はすぐに使えるという、わかりやすい趣味である。洋画や日本画、工芸品を蒐める人達は、その作者に傾倒している人が多く、これも比較的分かりやすい。

 

しかし古裂を蒐めるのは作者は不詳、製作年代は不明なものが多い上に、まともな形で残っているものも少ない。私のように、それらを仕事に活用する人間は理解しやすいが、仕事にも関係なく自慢するのでもなく、密かに古裂を蒐める親子三代は趣味人として立派、これこそ本物の道楽である。

 

勿論、その美術商から趣味人の名前や住まいなどの情報は教えてもらえないことは承知しているので尋ねなかったが、同好の士として心が豊かになる思いがした。

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