ぎをん齋藤
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師走展反省会

商品の帰着を確認して「平成」最後の師走銀座展は、無事に終了した。110名のご来場頂きました皆様に心から御礼を申し上げます。

留守番役の私にとってテーマ商品の評価が気になったが、集計して見ればかなり良い評価を得られたようである。ちなみに「ぎをん齋藤」の定番中の定番「御所解」帯に匹敵する売上を得ることが出来た。

私は以前からブランドとして「御所解」以外の定番商品を生み出したいと強く念じていたが、この「摺箔」によって7代目当主として第2の定番商品を後世に残せる可能性が出てきた。

「御所解」帯は先代も当代でも何度も改良を重ねて作り上げた江戸末期の友禅技法による美意識であり、今回の「摺箔」は桃山、江戸初期の黄金に秘められた豪奢な美意識である。前者は「鬼しぼちりめん」を使い、後者は「塩瀬」をメインに使い、両者ともシャレ着やセミフォーマル着までと使う範囲は広い。

今後は値段を統一した完全定番化を目指し、日本の持つ繊細で高い技術の染織品をご提案できれば幸いだと思っている。

絵の具と染料

前述の絵の具の問題解決はなかなか難しそうだ。きものの特徴は絹の手触りの滑らかさであるから、その特徴を殺してまで彩色や塗布するのは本末転倒だと思っている。

 

明治時代以前は全ての色が草木の染料を用い、幕末近くに西洋から化学染料が輸入され始め、草木染めは徐々に姿を消していった経緯がある。草木染めの欠点は希望した色を合わせる難しさ、草木染料の高価格、染める職人の手間がかかるなど現実性は薄い。現在は石油から作られる「酸性染料」が主流だが、ピンクやブルーなどの薄色は色ヤケが速いという難点もある。

 

 

現代のきもの選びは地色の良し悪しによって決まることが多く、江戸時代以前は地色を染める草木染料の色数はごく限られていたのでパステルカラーなどは珍しい。昔は色よりも描かれた「絵」の良し悪しが評価基準であったと思われる。

 

それは筆で文字や絵を描くのが普段の生活であったため、森羅万象を筆で描ける職人が大勢いたので絵の優劣を競うのが当たり前のように行われていたに違いない。現在のように日本画を生地に描ける職人は数少なく、絵ではなく単なる図形となってしまった。

 

かくてきものは、その特意な形態はそのままにしつつ選ばれる基準は洋服と同様に「地色」中心となったのである。洋服の場合は「形」にバリエーションが多いので選択肢は多いが、きものは形が同じだから色と値段で選ぶしかない。

フェルメールブルーと絵の具

あのフェルメールが描いた名作「真珠の首飾りの少女」は少女がブルーのターバンをして振り返り、何か言おうした一瞬を捉えた彼の代表作である。そのターバンの青が余りにも印象的で、人はそれを「フェルメール ブルー」と呼ぶようになった。

 

 

そのブルーに使われている絵の具が「ラピスラズリ」という岩絵の具で、「アフガニスタン」だけで採れるという貴重で高価な岩石である。この絵の具を買うためにフェルメールは借金を重ねていたというから、現在、何百億円という高額な絵として売買されている実情と比べると皮肉な話である。

 

高級な絵の具といえば、日本でも江戸琳派の祖とされる「酒井抱一」が描く草花絵は「葉」の色がひときわ上品で力がある。その理由は彼が高価な「緑青」を使用していた故で、それを可能にしたのは「酒井家」という大名の家に生まれ、お金には不自由しなかったからと言われている。

 

 

良いものは高いというのは今も昔も変わらない。今、私が研究しているのは岩絵の具の染物への転用である。もちろん岩絵の具では絹を染めることはできないので固着させることになるが、昔から沖縄の紅型は顔料を絹に固着させてきた歴史があるから特別珍しいことではない。染料で染めるよりも「力」のある色になるに違いないが「どう使うか?」が研究のポイントだ。