ぎをん齋藤
ぎをん齋藤

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呉服屋が染織アーティストになった。

例の摺箔屏風「金銀波濤図」が小田原文化財団の永久保存作品として所蔵されることになった。

半双の銀波もようやく完成し、予想していたより深い、静かな迫力にダークグレーと銀の取り合わせがいかに素晴らしいかを再確認した。

イヤー!我ながらいい出来である。

「摺箔」という技法をもとに私がデザインした波の屏風を杉本博司氏が美術品として認定してくれた瞬間である。

私の夢であった日本の染織技法を用いて衣類から芸術品に昇華したいとの一歩は確実に達成されたと言って良い。

また同時に老舗の呉服屋がアーティストになったという瞬間でもある。(笑)

今後は2作目、3作目を完成させ、いよいよフランスでの評価を経て、日本の染織品を世界文化遺産登録という夢に向かって進みたい。

ぎをん齋藤の社員標語に「希望は必ず達成する」と記している。

勿論私自身が書いた言葉だが、生きている間にどこまで目標に近づけるか試しみたい。

「御所解」(ごしょどき)

「御所解」(ごしょどき)について話を聞きたいと、「きものサロン」の編集者がやって来た。

「御所解」とは19世紀初頭から起こった日本版ルネッサンスの影響で、日本の古典文学を題材にした着物が流行り始め、武家屋敷勤の女性の制服として広がり、明治以降に「御所解」(ごしょどき)と名付けられた一連のきもののことである。

基本的には「御所解」様式に則った技法で染め出されたものを言うが厳密な決まりがあるわけではないので「もどき」も含めて「御所解」模様と呼んでいる。

様式に則った技法とは「白付」(模様の部分を糊で白くあげる)、「カチン(墨)仕上げ」、「摺り疋田、」友禅の彩色ではなく「縫取り」の4点は基本とすべきであろう。ぎをん齋藤では、この基本を忠実に行い、染帯や付下げなどを170年以上作り続けている、正真正銘の「御所解屋」である。

この江戸末期の美が200年以上支持され続けているのは驚くべきことで、これ以外の物で200年以上作り続けられているものと言えば、例えば「墨」?とかは思いつくが衣服では想像がつかない。調べてみるとジーンズの歴史は19世紀中頃、炭鉱労働者の服に始まるという。「御所解」と「ジーンズ」、不思議な取り合わせだが歴史的には同時代に作られ、今でも続けらている衣服である。

きものサロン秋冬号の発売は8月20日とまだ先だが楽しみである。

人の為に生きる?

最近、人間の生きる意味はなんだろう?

どういう生き方が人として価値があるのだろう?

など妙に神妙に考えることが多い。

療養生活で一人の時間が多いから、どうしても人生を考える時間が増えてしまうからだ。

その結論が「人の為に生きる」だと早計に思ったが、さらに考え続けると人の為だと思っていたことが「自分の為に生きる」と勘違いしているのではないかと気付いた。

そう、人の為になんて綺麗事で、そう思う方が体裁がいいだけで欺瞞だと思うようになった。

ダウインの進化論によると人類(ホモ・サピエンス)は地球上の最先端の生き物とされている。

類人猿などは見た目も人類に近い形状をしているが知能や精神構造が劣り、生きている理由を求めない。

彼らは本能の赴くままに生きて死ぬだけである。

私は二度の生命の危機を乗り越えてきて、家族も異口同音に世の中にやり残したことを果たすために生かされているという、例えば仕事や後継者育成のために、などと言われると何となく納得してきた。

何か私の生死を支配する存在を暗示しているかのようである。

しかし今では生きているのは偶然で、なんの理由もない事かもしれないと思い始めている。

人間、誰でも自分が一番大切だから自分の利益を優先するのは当然だ。

家族や社員の為に働いていると言っても、それは自分の為にと同じことで勘違いである。