ぎをん齋藤
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フェルメールブルーと絵の具

あのフェルメールが描いた名作「真珠の首飾りの少女」は少女がブルーのターバンをして振り返り、何か言おうした一瞬を捉えた彼の代表作である。そのターバンの青が余りにも印象的で、人はそれを「フェルメール ブルー」と呼ぶようになった。

 

 

そのブルーに使われている絵の具が「ラピスラズリ」という岩絵の具で、「アフガニスタン」だけで採れるという貴重で高価な岩石である。この絵の具を買うためにフェルメールは借金を重ねていたというから、現在、何百億円という高額な絵として売買されている実情と比べると皮肉な話である。

 

高級な絵の具といえば、日本でも江戸琳派の祖とされる「酒井抱一」が描く草花絵は「葉」の色がひときわ上品で力がある。その理由は彼が高価な「緑青」を使用していた故で、それを可能にしたのは「酒井家」という大名の家に生まれ、お金には不自由しなかったからと言われている。

 

 

良いものは高いというのは今も昔も変わらない。今、私が研究しているのは岩絵の具の染物への転用である。もちろん岩絵の具では絹を染めることはできないので固着させることになるが、昔から沖縄の紅型は顔料を絹に固着させてきた歴史があるから特別珍しいことではない。染料で染めるよりも「力」のある色になるに違いないが「どう使うか?」が研究のポイントだ。

呉服問屋の着物離れ

京都は空前の観光ブームが続いている。昨年度のインバウンド数が5300万人を超え、使われた費用が1兆3000億円と大変な金額に登っているという。

 

このチャンスを逃したく無いと、資産家の呉服問屋は本業を縮小してホテル業への不動産賃貸に業態を変化させていると聞いた。確かに業界の先細りに商品投資をするよりも、確実に収入につながる賃貸業に転身したくなる気持ちも分からない話ではないが、何か寂しい想いがする。

 

 

彼らはそれでいいとしても染織一筋に生きてきた材料店、職人たちはどうなるというのか?

このような道筋を経て多くの伝統産業は姿を消していったに違いない。清水焼に代表される京都の陶磁器業界も同じ道を辿っていると聞くが、食品関係の老舗や新興の店は健闘しているとも聞いている。

 

残る業界と消える業界、これらが入り混じって京都という街の性格を変えていくのであろう。ただ京都人の持つ繊細でおくゆかしいマインドは受け継いで行って欲しいものである。

直接指導

社員へ物創りの直接指導を始めている。どの程度、かれらに有効か予測出来ないが、私が自己流で身に付けたノウハウを伝授するのは知識の伝承という人間らしい営みだと思っている。

 

例えば、1枚の裾模様を作ろうとすると、資料となる古裂のコピーを元に舞台の背景を作る。この大道具役はぎをん齋藤で30年以上、下絵を依頼しているM君で、原寸大の紙草稿に鉛筆でザックリしたラフスケッチを描かせる。

 

 

それを仮絵羽した白生地と共に引き染め屋へ運ばせ、私が選んだ色見本通りに地色や舞台となる背景の「山」や「川」など、「ぼかし染め」を加えて染め上げる。

 

今度は配役である。主役を誰にするか?千両役者のような大看板に依頼するか、若手の気鋭にするか。つまり「総刺繍」の高価な技を使うか、「友禅」のような一格下で場面が持つか、想像を巡らせるのである。主役が決まれば脇役、その他の者が主役を引き立たせる演技をさせればお客は満足するであろうと算段する。

 

 

きものは裾模様のもばかりではなく、付下げなど気軽なものもある。それを舞台に例えれば、大看板が一人芝居をするのか、端役連中が大勢集まって構成するのかの違いだと教えている。結局、お客様に木戸銭よりも面白かったと納得させればいいのかと思っている。