ぎをん齋藤
ぎをん齋藤

女将思い出語り

八重山上布

今夏は、移動制限がなくなり自由に旅行が出来るようになったので、3年半ぶりに青い海を求めて、長男、次男家族と八重山諸島へ行きました。幸いにも台風にも遭わず、海も空も紺碧に輝き、久しぶりの解放感で、日常の雑念を忘れてひと時の夢心地です。

現地に着くと、私は仕事柄、早速サトウキビ畑を眺めながら、タクシーの運転手さん(高齢者)に上布について尋ねたところ、やはり、かえってきた答えは、私の想像以上に職人不足や、麻糸の品質低下、それに伴う糸をつむぐ技術継承の鈍化を、嘆いていらっしゃいました。

 

八重山着物は宮古上布や、芭蕉布など…盛夏にこの類の着物を着たら、肌の風通しが良く、涼しくて心地よいものです!

15年ほど前、主人と宮古島へ行った折に藍染亀甲上布を拝見しましたが、もう既に織り手が少なく高齢女性しかお会い出来ませんでした。

 

現在では、若い人たちがクラフト感覚で織っているようですが、何とか我々が小売業界で支えてあげなくては…と痛感します。

手許で保管すべき物

亡夫が遺した古裂蒐集の点数がおおよそ百点余り、その他の資料を合算すると二百点程となり、将来的に如何ようにするのが得策か…と、この一年間、私の頭の中はこの悩みでいっぱいでした。

存命中、主人は何とか染織歴史的に貴重であり、一貫性があるから分散する事なく、全て一括で美術館、又は染織学科のある大学等に寄贈する意思がありました。その理由の一つに古裂の現状維持の難しさがあって、色彩の褪色や繊維の劣化が必然的に伴うからです。私としては、このような問題点と故人の蒐集に対する情熱を考慮して、手許で保管することに決めて、西賀茂社屋の余地に湿度、遮光等の解決を優先した「収蔵庫」を建築する事を決めました。

その理由は、染織を志す後輩たちが自由に、間近で研究できる場所の提供は、将来的に染織業界に貢献できるものと信じ、故人の遺志が色濃く現存されるだろうと期待するところであります。

建物は、女性建築家・妹島和世氏の愛弟子で亡夫の大学後輩でもある周防貴之氏が、私の少ない予算にも関わらず快諾して下さいました。周防氏は唯今、大阪万博パビリオンのお仕事中ですが、多忙の合間をみて進めて下さるようで感謝の限りです。

古裂保管の方向性が決まり、私は安堵と共に、周防氏の構想が楽しみとなりました。

又、この七月、八月と二ヶ月間に渡り、この古裂と共に亡夫の作品が細見美術館にて展示され、何よりの供養となりました。

 

人生の賞味期限

昨今、医療も進み、現代人の寿命が百歳越えの時代が来ました。

喜ばしい反面、老後の人生時間をどのように過ごすかが大きな課題となり、各種紙面にはこの解決法を取り上げた数々の宣伝が載っています。

 

最近、私はつくづく思うのですが、学業を終え、一般社会人となり、現役労働が始まります。その間、試行錯誤の人生の果てに、退職と同時に「老後」と称される期間に入って三十年近くある訳ですから、その過ごし方が難しい問題となり、我々世代は切実に悩む事となります。

しかし私はこの「老後」三十年間が「人生の賞味期限」の始まりだと受け止めています。その理由は「美味しい料理一皿」に譬えると、食材、調味料など吟味して、味付け、盛り付けに心を配り、失敗を繰り返しながらやっと納得した「極上の一皿」が完成して賞味するのですから、丁度「現役社会人」を完成させてから「極上の老後」に入るのだと思います。

 

老後は寂しくも悲しくもなく、この瞬間から「人生の賞味」がはじまり、楽しく充実した味わいのある期間になるのではないか…と私なりに解釈しております。

多趣味な私は周りの多くの同世代友人たちと楽しむ事を最優先に、唯今「人生の賞味期限」の真最中です。

「ああ、幸せ! 楽しむコツは多趣味であることかな…」